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12/31公開間近!『MERU/メルー』が山を知らない人にまで深く響いてくる理由

いやおもしろかった。縁あって今年の大晦日に公開される山岳ドキュメンタリー映画『MERU/メルー』を一足早く観させていただいたのですが、見た直後、これは紹介せずにはいられないという気にさせてくれる秀作でした。今回はそれについてネタバレしないように注意しながらその見どころについて書きたいと思います。なおこの記事はPR目的ではなく、サイトとしてこの映画が1人でも多くの人に届くことを期待して書いています。

世界最難関ルート初攻略をカメラに収めた貴重なドキュメンタリー

「山岳ドキュメンタリー」と聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。

未踏ルートに挑む世界有数のアルピニスト、壮大な風景、過酷な環境と困難なルート、途中に訪れる絶望的な状況、生死を分ける決定的な決断……。普段”安全な”登山をたしなむぼくたちには想像もつかないハプニングと刺激的な映像の数々は、誰が観ても驚きと迫力をもって迫ってくるに違いありません。

その意味で、この映画の大きな見どころのひとつはまず何といっても貴重な瞬間を収めたドキュメンタリー映像としての側面でしょう。

今回の舞台であるメルー中央峰(約6,250m)はインド・ヒマラヤにある高峰メルー(6,600m)を形成する3つの頂のうちのひとつで、メルーの麓にある村、ガンゴトリは聖なるガンジス川の源流域に位置し、インド国内外から多くの巡礼者、観光客が訪れるヒンドゥー教有数の聖地。映像の中でも多くの巡礼者とすれ違う様子が描かれています。そびえ立つメルーは聖なる山として宇宙の中心であり、天国と地上と地獄がひとつに絡み合う場所として長く人々の信仰の支えとして存在しています。

そんなメルー中央峰自体は2001年にロシア人クライマーのバレリー・ババノフによって登頂されていましたが、今回の登山隊が目指したのはその鋭い刃のような岩様から別名「シャークスフィン」と呼ばれる岩壁をダイレクトに通ってピークに至るコース。それは21世紀をとうに過ぎた当時(2008年)にあっても、多くの世界最高峰のクライマーたちを延べ20回以上も拒み続けてきたまさしく前人未踏の超難関ルートでした。

今回の登山チームのリーダーであり、世界トップクラスのアルピニストであるコンラッド・アンカーをして「世界最難ルート」と言わしめた理由はどこにあるのか。一般的に登山ルートの難しさを形成する要素には、例えば岩・氷壁登攀それぞれの技術的な難しさであったり、地形的な困難さ(標高、ルートの距離、壁の高さ、風、雪・氷河)、天候の安定具合、さらにはシェルパなどから荷運びなどのサポートを得られるかどうかなどのリソース的な問題などがありますが、映画の中で作家ジョン・クラカワーはメルーの難しさを「複数の要素が混在するから」と語っています。

6000メートルという高所で標高差約1,500mという長大なルートは、最後の460メートルに氷雪壁も岩壁もある核心部が控えています。したがってそこまで20kgを超える膨大なクライミングギアを担ぎ上げる必要があるため、軽量装備での速攻登山は不可能。このため、結局のところそこに辿り着くまでに食糧や登攀具を含め総重量100キロ近い荷物を自分たちだけで担ぎ上げていかなければなりません。おまけに数少ない日本人メルー登頂者の1人、馬目弘仁氏によると、ガンゴトリ山群では必ずといっていいほど天候の急変に見舞われるといいます。つまりシャークスフィンを攻略するためには技術・体力・知識・経験・チームワーク、そして運のすべてが求められることから、長い間「誰にも登れない」ルートであり続けたのです。

本作はそんな痺れるような難関ルートを、2台の小さなカメラを駆使して圧倒的にクリアで臨場感たっぷりに撮影されたドキュメンタリー映画です。撮影したのは世界的な登山家であり、プロカメラマンであり、ディレクターであり、チームのメンバーであるジミー・チン(下写真)と同じく撮影を手伝ったレナン・オズタークの2人(つまり基本的には撮影クルーなし!)。確かに「エベレスト3D」のような大がかりで計算された迫力のある映像はないかもしれませんが、特に登攀シーンは選ばれた登山家しか見られない風景を、第一線の山岳カメラマンが切り取ったからこそ得られる美しさと息づかいが感じられ、緊張感のある映像が眼を釘付けにします。

一番の見どころは「山岳」と「ドキュメンタリー」を超えたところにある

ただ、上述した見どころはこの映画の入口でしかありません。これまでに多く見られたような”普通の”山岳ドキュメンタリーであれば、これだけの貴重な初登頂を「どうやって登ったか」に焦点を当てていくのが常識的なシナリオですが、もしそれだけであったらこの映画は興味深いがここまで刺さるものにはならなかったでしょう。何よりこの映画がサンダンス映画祭で観客賞とるほどに多くの(登山をしない)一般の人々の心を打ったのは、この映画が端的にいってメンバーそれぞれが「なぜ登るに至ったか」という生き方そのものに光を当てた映画だから。

師匠(メンター)やパートナーの意志を受け継ぎ、乗り越えていこうと生きるコンラッド、そのコンラッドからの意志を受け継ぎ、自らも命を燃やす場所として山を選ぶことになるジミー、ある事故から復活するために、メルー完登を唯一の支えとして生きることになるレナン。決断した人間の強さ。お互いを信じることによって生まれるチームの強さ。

本編の前半、コンラッドは「山に登る理由は?」と聞かれ、「View(景色が見たいからだ)」とうそぶく。でもそれが本意でないことは見進めていけば明らかです。各メンバーはそれぞれがメルーに関わっていくなかでさまざまな思いがけない出来事に見舞われいることが分かります。そして皆それらを乗り越えようともがきながら、メルーを通して本当の意味で力強く生を全うしていきます。その姿からは一般論としての「山に登る理由」なんて無意味であることが分かってきます。あるのはただそれぞれの人生の延長線上にこの山があるということだけ。

そんな彼らの人生を追体験していると、いつの間にか彼らに気持ちを重ね合わせている自分に気づきます。そこでこの映画が単なる山岳記録映画ではなく、自分の人生に真正面から向き合った人間のドキュメンタリーであることを知るのです。この映画は、この映画を観るすべての人に「自分の選んだ必然としていま、ここに立っているか」を問いかけ、そして静かに背中を押してくれます。そのラストはたまらなく愛おしい。

それらが徐々に明らかにされていくドラマは、周囲で振り回される(それでも愛情をもって理解してくれる)家族や友人のインタビューをなどをまじえて丁寧に紡がれた本編で存分に味わってみてください。

今の時点で書けることはギリギリこれくらいですが、この他にも人間について深い洞察の詰まった非常に奥深いドキュメンタリー。とにかく山好き、映画好きは必見、そして日々答えのない日常を生きるすべての人にもおすすめしたい良作です!

poster_mini『MERU/メルー』
【公開日】2016年12月31日(土)
【監督】ジミー・チン/エリザベス・C・バサヒリィ
【製作】エリザベス・C・バサヒリィ/ジミー・チン/シャノン・アースリッジ
【撮影】レナン・オズターク/ジミー・チン
【編集】ボブ・アイゼンハート a.c.e
【音楽】J・ラルフ
【出演】コンラッド・アンカー/ジミー・チン/レナン・オズターク/ジョン・クラカワー/ジェニー・ロウ・アンカー/ジェレミー・ジョーンズほか
【公式サイト】http://meru-movie.jp/
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