※引用画像はパンフレットより
ここ最近山関係のTwitterをはじめ口コミでえらく評判だったこの映画、ちょうどタイミングが合ったので観てきました。
今作は「ソロ・アルピニズム」という、おそらく現代において最も危険で難易度の高い挑戦を行いながら当時まで世の中にほぼ全く知られていなかったカナダの登山家、マーク・アンドレ・ルクレールを追跡する型破りなドキュメンタリー映画。
制作はSender Filmsのピーター・モーティマーとニック・ローゼン。これまでウーリー・ステックやアレックス・オノルドをはじめ数々のビッグクライマーをフィルムに収めてきた信頼できるコンビですが、自分にとっては、70年代のヒッピー文化に影響されヨセミテに流れ着いた若者たちが「The Stonemasters」と呼ばれ、後にフリークライミングというカルチャーを作り上げていくまでの歴史を綴った「valley uprising」が二人の作品の中で何よりも印象に残っています。綿密な取材によって自分が影響を受けた北米のアウトドア・カルチャーの源泉を知ることができたというのも理由の一つですが、何よりも歴史を紐解くお勉強的なテーマにも関わらず、古びた映像を小気味よい編集と垢抜けた音楽によって今観ても素晴らしく痛快で刺激的な「映像作品」に仕上がっていたことが衝撃的でした。おじいちゃんになった数々のクライミング・レジェンドたちが当時を活き活きと語る姿の微笑ましかったこと。作品は現在未公開のようですが、なぜかここで観られるようです。未見の方はぜひ。
そんな二人の作る最新作なので、自分は今回もどちらかというとカラッとゴキゲンな作品を期待して公開初日の映画館へと向かったわけです。
まず何よりマーク・アンドレの登攀シーンの映像は期待通り、手に汗握るというレベルではなくスリリングで大迫力。「MERU/メルー」ではグループでのアルパイン、「フリーソロ」ではフリーソロクライミングときて、今回は「フリー・ソロ・アルパイン」という、これまで誰も目にしたことのない究極のデンジャラス三重奏を体感することができます。特に岩と雪のミックスクライミング(しかもオンサイト)を命綱もつけず、冬なのに(多分)グローブすらもはめず、素手と二本のアックスで挑む姿は、冬山に登ったことがある人ほど直視していられない光景なのではないでしょうか。これだけでも間違いなく劇場で観る価値はあります。
しかしそうした圧巻の映像たちはこのドキュメンタリーの核心ではありません。それはいい意味で期待を裏切るものでした。これは困難を努力と強い意志によってはねのけ前人未到の偉業を成し遂げた天才的クライマーのヒーロー物語ではなく、自分が自分でいられる場所を純粋に追い求めた必然として山にたどり着いた、素朴な一人の孤高のアーティストについての物語です。常人では考えられない記録を打ち立てながらマーク・アンドレは、自分にとっての登山は「限界に挑むということではない」と言います。では何か?どこか寂しそう、でもどこまでも柔らかく優しい笑顔で彼は「もっと娯楽や、楽しい冒険」とさらり。また「自分にとって最高の登山はたったひとりで何も持たず登ること、だからこのスタイルを選んだ」とも。ちょっとした難しいルートには魅力よりも結局恐怖の方が勝るような「一般人」の自分にとっては、そんな彼にまったく感情移入できないし共感できるわけはないのですが、そのシンプルながら強い言葉に、なぜだか強烈に惹き込まれてしまいます。
人は成長していくなかで、自分の限界と、社会と、何かしら折り合いをつけて生きていかなければならないことを知っていくもの。そうして複雑で分かりにくくなってしまった人生をシンプルに見せてくれるのが山や自然だとしたら、そのことを誰よりもよく知り、実存の問題として引き受けて生きているのがマーク・アンドレなのかもしれません。それは表面的には決して真似できないものだとしても、その無垢で曇りのない生き方は何よりも強く輝き、僕たちの目の前を照らしてくれます。そんな気持ちのいい刺激を浴びることができたのがこの映画。自分もまだ、もう少し冒険をやめないでいられそうです。
良質な山岳ドキュメンタリー映画を大画面で鑑賞できるまたとない機会。興味が湧いた方はぜひ映画館へ。