前回(第11章)
目次
【第12章】VVR からシルバー・パス
VVR には林道を歩いて9 時半に着いた。キャビンの空きはやはりなかったので、いつものサイトにテントを張った。早く着いたので、ハイカー・ボックスから食料を調達し、お昼のハンバーガーにあり付いた。その後、ジェイムスさんが予言したように電動歯ブラシで大騒ぎになった。長年のスタッフのペインテッド・ユア・ワーゴンの様子が変だった。筆者の名前が思い出せなかった。かれは 10 日後に突然死去したので、なんらかの異変があったのだろう。
ジェイムスさんと MTR で二日過ごしたので、残念ながら VVR は 1 日のみの滞在とした。VVR のフェリーは故障中で、小さなボートでピストン輸送された。歳を取ったので、レイク・エディソンの対岸からシルバー・パス・レイクは無理かもと思っていたが、予定通りに、さほどの疲れもなく歩けた。残念ながら、何時もの場所は占拠されていたので、別の場所にテントを張った。シルバー・パス近くも雨が降らないので、かなり干からびていた。
VVRからグッデイル・パスに向かうルートも解説した。雪の多い年は、シルバー・パス・クリークの水量が多く、6~7月に通過するPCTハイカーはここを回避する必要がある。VVRからは単調な登りで所々にキャンプ・サイトがあり、徒渉は2箇所程度である。パスを超えると、シルバー・パスの北でJMTと接続する。筆者はレイク・エディソンの干上がった2012年と大雪の夏2023年に歩いた。
VVR(ヴァーミリオン・ヴァレ イ・リゾート)
ダムサイトの林道はアップダウンが多少あり、景色は素晴らしくもない。ここを歩きたい人はいない。ただ、距離は 3km ほどなので、1 時間ほどで歩ける。筆者が VVR に着いたのは 9 時半だった。VVR の中心棟を図 12.2 に示す。フェリーは出発した後で、ハイカーたちが到着するのはかなり後である。朝食は逃したが、チェックインを済ませて、一番、遠くのサイトにテントを張った。
図 12.1: VVR からシルバー・パス
図 12.2: VVR の中心棟、受付、売店、食堂がある。
ここにだいたいは綺麗な受付嬢(図 12.3)がいる。名前を登録して、説明を聞いて、チェックインはお仕舞である。 WiFi、シャワー、ランドリーは別料金なので、ここで申請して利用する。食堂を利用する時はここで注文する。2023 年の受付嬢は素晴らしい記憶力で、チェックインした全員の顔と名前を覚えていた。これにはびっくりした。この人は数年勤めていた。
図 12.3: VVR の受付。MTR と同様、綺麗な女性が担当、2023 年撮影。
筆者は育ちが悪いので、時間があるとゴミ箱を漁る。シュルーマーはグレイシャー国立公園で筆者がゴミ箱を漁ると、ヨシヒロをダメにしてやったと喜んだが、残念ながら、昔からの習性である。もともとダメダメな人間なのである。アメリカのハイカーは高所得者が多いので、ゴミ箱を漁るのは心理的抵抗がある。ゴミ箱漁りはハイカーの通過儀礼で、これが抵抗なくできればハイカーとして一人前になったことを示す。空のボトルをゴミ箱から拾って喜んでいるトレイル・ハッカーを図 12.4 に示す。ゴミを拾って心から喜ばないと本物のハイカーとは言えない。筆者はもともとハイカー・トラッシュ(クズハイカー) の才能があった。
図 12.4: ゴミ箱からボトルを拾ってご満悦のトレイル・ハッカー、グレイシャー国立公園、2013 年撮影。
VVR にはハイカー・ボックスがある。ゴミ箱ではなく、ハイカー同士の物々交換のボックスである。ハイカーが余剰の食料や不要な物を捨てる場所で、それらを必要とするハイカーは拾って自分の物にしてよい。食料などは傷んでいる物があるかもしれない。それは自己責任である。
ハイカー・ボックスは、ハイカーたちがフェリーで出発した後には、いろいろな物があふれる。つまり、良い物を入手したいと思ったら、ハイカーたちが移動する度にチェックするとよい。ある PCT ハイカーはボックスから一つずつすべて取り出して、必要な物を確保して、再び、一つづつ戻していた。徹底した、良い方法であると感心した。ハイカー・ボックスが一杯の場合、下の方はまったく見えない。
今年、拾った物は、10~15 ドルのフリーズドライのパック 4 袋、エナジー・バー多数、ツナのヒートパック、単三電池などである。エナジー・バーは山のように捨ててあるので、とりあえず必要量を確保して、後に美味しい物が出れば交換するという戦略である。
残念ながら、ガス・カートリッジが見当たらなかった。例年は使いさしがたくさん捨ててある。これはやむを得ないので一つ VVR で購入した。また、ヘッドランプも購入した。40 ドルの乾電池式と 50 ドルの充電式の二つしかなく、しかもかなり埃をかぶっていた。躊躇したが、50 ドルの方を買ってみた。
ブラック・ダイヤモンドAstro R。たぶん旧製品である。使ってみると、バッテリー容量が大きく、光量調整可能、残量表示もあった。5日ほど持つ。欠点は赤色ライトがないことくらいだった。価格は別にしてよい製品だった。次の日にヘッドランプをもう一度見たが、半数程度が無くなっていた。ヘッドランプを落とす人は意外に多い。
今年はハイカーが少ないので、貴重な物は拾えなかった。2022 年に拾った物を図 12.5 に示しておこう。例年、なかなかの高級品が捨ててある。写真の折り畳み三脚はウィンド・リバー・レンジ (ワイオミング) で置き忘れた物の改良版である。アウトドア用途としてよくできていた。調べてみると、これは Kestrel ポータブル三脚、7,500 円ほどする。黒い四角い物はモバイル・バッテリーである。
図 12.5: VVR ではよく拾う。2022 年撮影。
VVR で拾った高価な物を挙げておこう。
- パタゴニアのランニング・シャツ。M サイズで身体にピッタリだった。たぶん、1 万円ほどはするだろう。何年も使った。肩が日焼けするので、最近はあまり使っていない。
- プラティパスの 2L のブラダー、給水用ビッグジップ。今も浄水器用に愛用している。買うとすると 7,000 円もする。キャップのない 1Lのプラティパスも拾った。合わせれば 8,000 円は固い。
フェイスブックを通してポータブル三脚を捨てた人が分かった。連絡してみると、使わないので、要らないという。それでありがたく使うことにした。アメリカ人ハイカーは少しでも軽くしようと捨てまくる。数百グラム減らしても、エネルギー消費には関係ないのだが、とりあえず捨ててしまう。よほど疲れているのだろう。
ランチは VVR のハンバーガー (図 12.6) である。ハイカー用なので、とりあえず、大きく、高カロリーである。これは意外に美味しかった。
図 12.6: VVR のハンバーガー
長年の VVR 所有者はジム・クレメントだった (図 12.7)。親切なハイカー思いの人だったが、数年前に VVR を売り渡し、3 年ほどハイカー用のシャトルを運営していた。71 歳になったということで、2026 年にシャトルも売り渡し、完全引退するようだ。
図 12.7: ジム・クレメント、VVR の長年の所有者、2009 年撮影 。
もう一人、ハイカー思いのスタッフを紹介しておこう (図 12.8)。トレイル名はペインテッド・ユア・ワーゴン (Painted Your Wagon)。「あなたの馬車を塗装した」? 15 年ほど前の PCT メーリング・リストで、変な名前だと記憶に残っていた。VVR で本人に会ったのでどういう意味があるのか聞いてみた。4 年ほど前のことである。
「ペイントはペンキ塗る意味じゃないんだよ。車軸に油をさすという意味なんだ。つまり、あなたの馬車に油をさして走れるようにすることだよ。」
「ということは、人を助ける意味だね。ハイカーのファシリテーターだな。」
彼はにっこりと笑ってうなづいた。ペインテッド・ユア・ワーゴンは、ハイカーの手助けをするやさしい人だった。柔和な笑顔がそれを表していた。筆者のトレイル・ネームがロウ・ギア (Low Gear) ということもよく記憶していた。
ただ、今年は筆者の名前がすぐに思いだなかった。何か、変だと感じたが、その感覚は 10 日ほど後に正しいことが分かった。彼が突然死亡したという連絡が入ってきた。死亡原因は明らかにされていない。アメリカ人だから、脳血管障害とか心筋梗塞だろう。もう VVR に行っても彼の笑顔は見られない。
図 12.8: ペインテッド・ユア・ワーゴン。8 月 14 日撮影、23 日死去。
今年はちょっと変わった人を見かけた。フッシュ・ポリースと言っていた。釣り専門の警察官という。ちゃんと拳銃まで持っていてびっくりした。 VVR で見たのは初めてだった。しっかり記念撮影させてもらった。それが図 12.9 である。みなさん、なかなか愛嬌がよい。
図 12.9: フィッシュ・ポリース (釣り警察)。
ペーター・ウィリァム・テレマイヤという破天荒な冒険家はすでに紹介した。VVR では、もう一人、すごい人と知り合いになっていた。レストランで食事をしていたら、JMT は 10 回は歩いたというハイカーがいた。 10 回なんてとんでもない。どこか気が狂った人だろう。話が合う訳ないとすぐに距離を取った。たぶん 2010 年頃の出来事である。ところが、筆者も何度も JMT を歩いてしまったので、他人のことは批判できなくなった。JMT を 1 度歩いて楽しかった人は 2 度歩く。そして楽しければ 3 度歩く。それの繰り返しである。
数年前、フェイスブックで面白い回答をする人がいたので、思い切って友達になってみた。ぐずぐずと粘着質的な長い英語を書き込む人で、いつでも内容はなかなか面白かった。熟練のハイカーのようだった。彼の名前はボブ・シャタック。不幸にして 2 年ほど前に脳内出血があって、左手の一部がよく動かないようだ。重りをもった激しいリハビリ・トレーニングを継続して、今はかなり回復して、近くハイキングに復帰するようだ。
図 12.10: ボブ・シャタック。JMT は 13 回、その他、CDT、シャスタ、アラスカ、ネパールなどを歩いたベテランのハイカー。金沢駅にて。2024年撮影。
彼は不思議に日本の事にも興味があった。たまに日本を訪れるようだ。金沢に来た時に話をしてみた。かなり前にVVR で会ったのは確実である。彼の養父は日本人で、アメリカ在住の日系人とも知り合いが多い。それで日本に特別の興味がある。気が狂った人ではなくて、優秀なやさしい人柄だった。
VVR には、いつも 3 日ほど滞在するので、日本人とはよく会う。2023年の記念写真を図 12.11 に挙げておこう。左端が石川学で筆者の「アメリカハイキング入門」の本を読み込んで、内容をすべて記憶していた。ビショップの「イーストサイド・スポーツ」という固有名詞も覚えていた。ただ、百点満点ではない。
「みんな inReach 持っているんですねえ。本当に持っているとは思わなかった。」と言っていた。
アメリカのハイカーは緊急連絡手段として、みんな持っているのだが、筆者の書いた内容を信用していなかったので、20 点減点して、ぎりぎりの「優」としておく。なお、彼は本業の傍ら奥多摩の三条の湯の山小屋で時々働いている本格的な登山家である。
2023 年にはもう一人、日本人と会った。トレイル名キャッスル大城。なんと沖縄からの遠征である。筆者の管理している「Hiking in America」にこっそり加入していた。もちろん、サイトには何も書き込まない遠慮がちな人だった。VVR で会ったのは完全に偶然である。
2023 年はミューア・パスが越えられない年だったが、石川学、キャッスル大城、二人ともマウント・ウィットニーまでスルー・ハイクしたようだ。
図 12.11: 優等生の石川学、アメリカハイキング入門の内容をほとん ど記憶。2023 年撮影。
図 12.12: キャッスル・大城、沖縄から。背景は VVR フェリー。2023 年撮影。
ハンバーガーのランチを食べた後、テントに戻り、テントの外で歯磨きをしていると、ひと騒ぎあった。
「なによ。それ。」と中年の女性のハイカーが言った。若い可愛い女性は良いのだが、中年のおばさんは苦手である。
「電動歯ブラシ」
「なんだって、電動歯ブラシ? ちょっと、あんた、こちらに来なさい。みんなで記念撮影するんだから。あんたはそこで歯ブラシを構えるんだよ。」そういう訳で、おばさん 3 名の前で、歯ブラシを空中に構えた。何枚か写真を撮られた。
「すごい。ぴったり。あんたの歯ブラシが口の場所にかさなったよ。アイホン持っている?」
アイホンなら共有ドライブで写真が共有できるらしい。アイホンは持っていないし、おばさんは苦手なのでお断りした。それで、不朽の名作かもしれないこの写真は手元にない。ジェイムズさんが言ったように、「すべてのアメリカ人を仰天させる」というのは本当だった。アメリカ人ハイカーは、儀式のように歯ブラシの柄を半分に切断して軽量化する。電動歯ブラシなどはとんでもない。
ひと騒ぎが終わったで、ハイカーズ・ボックスをかき回し、VVR の受付に行って補給物資を受け取ってきた。テーブルの上に 8 日分の食料を並べた。図 12.13 がそれである。10~15 ドルのフリーズドライのパックも四つ、ツナパックも三つ拾った。エナジー・バーは 10 個ほどある。
図 12.13: 補給物資を一日分ずつ並べる。こうすると間違いがな い。
ヨセミテまで行くと、少し日程が窮屈になるので、トゥアルム・メドウで止めようかと思った。行くにしても、途中、レッズ・メドウで食料を補給することもできる。出発前にバックパックの重量を測ったら 28kg だったので、許容範囲だった。
5 時からは夕食である。フロント・デスクで注文してから食堂に入る。メニューは三つか四つある。美味しさはだいたい値段に比例する。それで、なんだか分からなくても高い物を注文しておけば間違いはない。今日はステーキだった。図 12.14 である。味は普通で、素晴らしくはなかった。アメリカ人の夕食はパンもなにもない、主食はポテトなので、ポテトが添えてあればそれで完結する。スープとか、贅沢な物はない。今日はお昼のハンバーガーを食べたので、夕食はこれだけで足りた。
図 12.14: VVR のステーキ。VVR の夕食は少ない。
今年は日本人ハイカーと知り合いになった。日本人は分かりやすい。ほとんどはウルトラライト系で、フロントにサコッシュをぶら下げ、軽量バックパック、タープ泊が典型である。アメリカ人ハイカーの間ではそういう人はほとんどいない。タープだと蚊の猛攻を受けるので、ウルトラライト系のテントに変わって久しい。バックパックも一番多いのはオスプレイである。ウルトラライト系の軽量バックパックはお金持ちの高齢者である。
山崎優太 (図 12.16) はローカスギアのトレッキング・ポール、同社のピラミッド型タープと分かりやすかった。筆者は非社交的なので、日本人でもこちらから話しかけることは余りない。彼とは朝食の時にたまたま一緒になったので、記念撮影して、しばらく話をした。
アメリカに来た時はパン・ケーキの朝食ばかり食べていたが、最近はブリトーばかりである。筆者の朝食を図 12.15 に示す。パンケーキなどの朝食は山崎さんの写真参照。ともかくカロリー重視で、パンケーキ、パン、油ぎとぎとのポテト、塩辛いカリカリベーコン、スクランブル・エッグなどが標準である。朝食を食べると昼食は不要になる。数日、滞在すると、二日目からは食べたくなくなる。三日目はもっともっと低カロリーな物を探すようになる。
図 12.15: VVR のブリトー。例年より少し細めたが、ハイカー・サイズ。
図 12.16: 山崎優太、UL ハイカー。
8 時半ごろになると、キャプテン・ペインテッドの大きな声が聞こえる。相撲の呼び出しと同じである。出発時刻と忘れ物の注意などをよく通る声で案内する。今年は VVR のフェリーが故障してしまい、小さなボートをで二往復してハイカーを送ることになった。筆者は第二グループに編入された。
VVR からシルバー・パス・レイクへ
小さなボートに乗り、レイク・エディソンの対岸に着いたのが午前 9 時。ピストン輸送の 2 番目なので遅くなった。バックパックは 28kg と最大荷重なので、慎重に皆さんの後から歩く。JMT との合流点は 10 時着。30kgで歩荷トレーニングしてきたので、この程度の重さなら歩くのが少し遅くなる程度である。
トレイルはしばらくモノ・クリーク沿いに緩やかに登っていく。ノース・フォークと交差する場所があるので、ここを徒渉する。今年は簡単だったが、雪の多い年には難しくなる。今年はここを 11 時に通過した。二番目のボートで渡ったし、ほぼ最後尾なので、追いつくハイカーもいない。トレイルはやや傾斜を増してスイッチバックを繰り返す。同時に川からも離れる。今年は雨が少なく干上がっているので水が入手できない。ランチ・スポットまではかなりある。
図 12.17: キャプテン・ペインテッド。
道端に熊脅しのブザーが落ちていた。これは電動歯ブラシを見て騒いだおばさんの持ち物だった。ベテランのハイカーはこういう熊脅しは持たない。必要ないからである。試しに鳴らしてみると、ものすごい音が谷に響き渡った。もし、聞こえれば、少しは待っているだろう。こちらは荷物が重いので、速くは歩けない。
やっとランチ・スポットに着いた。図 12.18 である。時刻は午後 1 時、少し遅くなった。カップルが出発準備中だった。一人は例のおばさんで、熊脅しのブザーを渡した。音は聞いたという。遅くなったというと、
「電動歯ブラシなんか、捨てちまいなさいよ。」と相変わらず口が悪い。
「いや。パワーが欲しいんでね。」
と最後の挨拶を交わした。カップルはスタートした。こちらは木陰にバックパックを下ろして、水を汲みに行き、浄水器をセットする。浄水している間に JMT パンとインスタント・コーヒーの昼食を摂る。こうすれば、浄水時間を独立にとる必要はない。
図 12.18: モノ・クリークのランチスポット。岩が広がっていて、 水も汲みやすい。
ランチ・タイムは 30 分程度である。歩き始めて 30 分ほどすると、きつめのスイッチバックが始まるが。トレイルは正面の岩を回避してスイッチバックして、川沿いの狭いメドウに到達する。図 12.19 のポケット・メドウである。
モット・レイクへの分岐をすぎると、すぐに川を横切る。モノ・クリークの面倒な徒渉は、この上流部とすでに渡った下流部にある。今年は徒渉はほとんど問題にならないが、6月くらいなら相当の水量があって危険な場所である。
まもなく、きつめのスイッチバックが始まる。ちょうど、ゴールデン・ステア・ケースの小規模版である。岩肌にきっちりとスイッチバックが刻まれる。モノ・クリークのもう一つの支流、シルバー・パス・クリークとも交差する、図 12.20 の場所で、例年は左上方から滝のように流水があるのだが、今年は完全に干上がっていた。
スイッチバックの上方には立派なパイン・ツリーがある。いつも出会うパイン・ツリーで、ここを通過してしばらく我慢すると、傾斜が緩くなり、スイッチバックが終わる。馴染みのパイン・ツリーは図 12.22 である。
シルバー・パス・クリークの厳しいスイッチバックを終えると、広いメドウが広がる。なぜか地図には名前が記載されていない。例年の休憩場所からの写真を図 12.23 に示す。水は近いが少し下を流れている。
なだらかなトレイルを進むにつれて、少しずつ、高度が上がっていく。クリークを軽く渡渉して標高 3,000 m、時刻は 3 時 40 分になった。歳を取ったから、今年はシルバー・パス・レイクまで行けないと思ったが、どうも行けそうである。クリーク沿いにキャンプ・サイトはあったが、まっすぐに行くことにした。
図 12.19: ポケット・メドウ。この先の左の岩壁を登る。
図 12.20: シルバー・パス・クリークの滝。今年は干上がっていた。
図 12.21: シルバー・パス・クリークの滝。雪の多い季節だったので、6~7 月ならば通過困難な水量だっただろう。2017 年8 月12 日撮影。
図 12.22: 馴染みのパイン・ツリー。
図 12.23: 名前はないが、広いメドウがある 。
再び、スイッチバックで登るが、傾斜は緩めで、長くは続かない。途中、 3 名のハイカーが休憩していたが、下りのようだ。軽く挨拶をして先に進む。完全ドライの夏なので、途中の水場も干上がっていた。トレイルは水平になり、シルバー・パス・レイクの方に向かう。しかし、離れているので湖は見えない。
シルバー・パス・レイクが見えた。時刻は 5 時過ぎ。困ったことにお気に入りの場所には誰かいる。あの苦手のおばさんがいると大変だ。右手を見ると、最上流の湖があり、その近くに日陰がある。トレイルが少し近い欠点はあるが、人は通りそうにないので、テントを設営した。それが図 12.24 である。テントは日陰にある。
図 12.24: シルバー・パス・レイク近く。
シルバー・パス・レイクは朝夕は日陰になるし、撮影場所を選ばないと綺麗に写らない。2019 年の写真を図 12.25 に示す。手前の小高い丘が筆者の愛用の場所である。ここは一人でテントを張らないと意味がない。
図 12.25: シルバー・パス・レイク。2019 年撮影。
予定通りにシルバー・パス・レイクに来た。夕食は重い缶詰を早めに処分ということで、図 12.26 の鯖缶定食である。夕食後は、暇なので、カメラをベア・キャニスターに乗せて、星空をリモコン撮影した。プログラム・オートでもマイナス 4 絞りくらいで良く写る。星空に興味はないのだが、暇で簡単という理由である。
図 12.26: 鯖缶定食
図 12.27: 適当星空写真
次の日は何時ものように朝 7 時に出発した。ジェイムズさんと千恵子にVVR で購入したヘッドランプは快調だよと inReach で発信した。
シルバー・パス・レイクにはまだ日が当っていない。パスの登りは緩く二段階に分かれている。キャンプ・サイトからしばらく登ると、傾斜が緩くなり、例年は雪渓が残っている。今年は干上がっていた。それから少し登りがあり、左手に無名の湖がある。今年は干上がってはいないが、かなり水が少なかった。写真はとったが、例年と比べると、冴えない印象である。
シルバー・パスには 7 時半に到着した。ハイカーが一人いた。彼は一番高い場所まで登って写真を撮っていたので、同じ場所に行き、写真を撮ってもらった。パスの北側の風景は図 12.27 に示す。ぎざぎざの山はミナレットの山々である。これからすぐ傍まで歩くのだが、果たしてどうなるのか。
図 12.28: シルバー・パスから。遠くの尖った山はミナレット山群。
VVRからグッデイル・パスへ
雪が多い年はVVR からシルバー・パスへ至るルートはノース・フォーク・モノ・クリークの徒渉が危険になる。JMT ジャンクションから1kmほどの先での徒渉、モット・レイク分岐近くの徒渉、そして急なスイッチバック横から流れ落ちるシルバー・パス・クリークの滝がある。さらに雪が付いている時には危険で、アイスアックスとクランポンなしでは越えられない。PCT ハイカーの多くは6 月から7 月に通過するので、ここを回避する必要がある。
2023 年は夏でも徒渉がきわめて危険であった。南向きJMT で奥様同行なので。シルバー・パスを迂回して、グッデイル・バスを越えることにした。このルートは2012 年にも一度歩いている。完全にドライな夏で、レイク・エディソンが干上がって、フェリーが運行しなかったからである。
フェリーに乗れないなら、グッデイル・パス経由の方が近い。
北向きJMT で説明するが、挿入する写真は南向きJMT なので、撮影の方向が異なることは了承して頂きたい。
VVR からは標識にしたがってトレイルを歩く。しばらくすれば林道に合流し、トレイルヘッドに着く。アンセル・アダムスのウィルダネスである。トレイルは二つに分かれる。湖岸に沿うトレイルを歩く。しばらくはパイン・ツリーの間を歩く。メドウも点在する。
図12.29 のような立派な橋があり、トレイルは二つに分かれる。グッデイル・パスに向かうのは山側のトレイルで、岸に沿って歩くと、レイク・エディソンのフェリーの発着場を経てJMT に合流する。
図 12.29: 立派なフットブリッジ。2023 年撮影。
図 12.30: グッデイル・パスとフェリー発着所への分岐サイン。2023 年
撮影。
分岐からトレイルは山に向かい、かなりの傾斜を登っていく。最後にスイッチバックがあり、丘を越えると、広いメドウになる。トレイルは少し高度を下げて、最初の渡渉がある。ドライの夏ではほぼ水がないが、2023年の夏は水嵩が最大であった。それでもひざ下である(図12.31)。
図 12.31: コールド・クリーク、最初の徒渉。大雪の2023 年。
コールド・クリーク沿いにディビルズ・バスタブに繋がるトレイルがある。これは歩いていない。この辺り、悪魔の風呂桶とか、グレイブヤード・レイクス(墓場の池) とか、良いイメージの名前ではない。過去に遭難した人がいたのだろう。
トレイルはコールド・クリークから離れるが、所々、メドウが広がる。
図12.33 はシューティング・スターの群落の一部である。
二番目の徒渉は図12.32 に示す。2023 年は大雪だったので、パスに大量の積雪があった。アイスアックス装備なので、雪山訓練の一行だろう。
図 12.32: コールド・クリーク、二番目の徒渉。大雪の2023 年。
図 12.33: メドウにはシューティング・スターの群生が見られる。2023 年
撮影。
この先、徒渉は二ヵ所あるが、ほとんど問題にならないレベルである。
グレープヤード・メドウは図12.34 のような感じである。墓場のように見えるのだろうか。
図 12.34: グレイブヤード・メドウ。2012 年撮影
トレイルはコールド・クリークから離れて時々スイッチバックを繰り返しながらパスへ向かう。同時にパイン・ツリーが消えていき、パスではほとんど無くなる。
グッデイル・パスはなだらかな広い場所で、北斜面からパスを撮影したのが図12.37 である。ただし、この後から急角度で高度を落とす。しばらくすると、正面にパープース(インディアンの赤ん坊)・レイク、左前方にレイク・オフ・ローン・インディアンがある。
図 12.35: グッデイル・パスの南、2023 年撮影。
図 12.36: グッデイル・パス、2023 年撮影。
図 12.37: 北斜面からグッデイル・パスを見る。2023 年撮影。
図 12.38: パープース・レイク。2023 年撮影
パープース・レイクが鞍部で、水が汲みやすく、良いランチ・スポットである。トレイルは少しだけ高度を上げて、チーフ・レイクの下流部のJMT に接続する。
<第13章へ続く>
村上宣寛氏の新しいハイキングガイド『ハイキングの科学 第5版』Amazonで発売中(Kindle版は100円)
国立大学元教授であると同時に『ハイキング・ハンドブック(新曜社)』や『米国ハイキング大全(エイ出版)』など独自深い科学的見地から合理的なソロ・ハイキング・ノウハウを発信し続ける経験豊富なスルーハイカーでもある村上宣寛氏の新著『ハイキングの科学』が、Amazonにて絶賛発売中です。日本のロングトレイル黎明期からこれまで積み重ねてきた氏の経験と、ハイキングや運動生理学をはじめあらゆる分野の学術論文など客観的な資料に基づいた、論理的で魅力たっぷりの、まったく新しいハイキングの教科書をぜひ手に取ってみてください。
プレミアム・コンテンツやイベントにアクセスできる、有料メンバーシップをぜひご検討ください!
村上 宣寛


