ハードなマウンテニアリングに耐えうる安全性と使いやすさで、世界的に厚い信頼を寄せられているスノーシュー、MSRのライトニング アッセントシリーズが、今シーズンまさかのリニューアル。
「まさか」とあえて言いたかったのは、前モデルがすでに申し分ない高い完成度を誇っていたからです。軽量コンパクトでありながら高いグリップ力とフィット性の高さを実現し、なおかつ高耐久。急峻で雪質の多様な日本の山岳で利用するスノーシューとしては、本格バックカントリースノーボーダーからアルピニストまで幅広く支持されてきていました。
ただ、そこまでの不動の名機がリニューアルするとなると、やっぱり期待よりも不安の方が大きい。果たしてその実態は……?早速前モデルと比較しながら、新作の進化ポイントをチェックしてみました。
目次
主なスペックと評価
アイテム | ライトニング アッセント | ライトニング 3ストラップ アッセント |
---|---|---|
重量(22インチ実測) | 1,900g | 1,817g |
大きさ(22インチ実測) | 20×56cm | 20×56cm |
フレーム | アルミ | アルミ |
クランポン | スチール | スチール |
バインディング | パラゴンバインディング | ポジロックATバインディング |
フローテーションテイル | ○ | ○ |
ウィメンズモデル | ○ | ○ |
評価 | ||
ここが◎ |
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(相対的に)ここが△ |
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着脱しやすさ | ★★★★★ | ★★★☆☆ |
固定力 | ★★★★☆ | ★★★★★ |
歩きやすさ | ★★★★☆ | ★★★★☆ |
浮力 | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ |
グリップ | ★★★★★ | ★★★★★ |
重量 | ★★★★☆ | ★★★★★ |
収納性 | ★★★★★ | ★★★★★ |
総合点 | ★★★★★ | ★★★★★ |
何がどう変わった?詳細比較レビュー
最新モデルを展示会で見させてもらったとき、実は不安の方が大きかったのが正直な感想でした。
今回大きく刷新されたのがバインディングです。最新モデルではメッシュ状のウレタン樹脂が足の甲をすっぽりと覆うような構造の「パラゴンバインディング」に変更されました。シューズの安定感と歩きやすさを左右する心臓ともいえるパーツ。個人的にはそれが、これまで以上に若干貧弱に見えたことは確かです。冬山のギアは、その環境の過酷さから「壊れにくさ・修理のしやすさ」は最も重要な要素のひとつであり、そこが損なわれてしまってはいないか、ぼくの新作への興味(というよりも心配?)はそこに注がれていました。
従来モデルも併売されている
発売されてみてはじめて分かったのは、今回最新モデルが「ライトニング アッセント」という名前を継承しつつ、これまで販売されていたモデルは「ライトニング 3ストラップ アッセント」として、併売されるということです。ここから察するに、最新モデルは前モデルの単純な後継というよりは、従来モデルとは別の、最近のニーズに応えるためのバリエーションとしての位置づけなのではないかということです。
そこで、ここではこの併売されている2モデルを、それぞれがどんなユーザーのために用意されているものなのか、そこに焦点を当てながら、違いをじっくりと比べてみたいと思います。
バインディング周り以外は基本的に変更なし
MSR ライトニング アッセントは鋸歯を備えたアルミフレームに、デッキ部分には丈夫な生地が張ってある、軽量でシンプルな構造。しかしその堅牢さはさすがMSRというべきで、前モデルも長いこと使い続けていますが壊れたことはありません。
最新モデルもその構造は変わっておらず、正面から見てみると、最新モデルと従来モデルでは、バインディング部分にしか違いが無いということがほぼ分かると思います。
裏返して、ライトニングアッセント最大の特長である、360°のトラクションを可能にする、鋸歯のエッジとスチール製の鋭いクランポン。
ここも新旧モデルで違いはありません。
テール部分には、急な登りにかかとを上げて登りやすくしてくれるヒールリフト(テレベーター)も、標準装備。特に変更はありません。
重量はちょっとだけ前モデルの方が軽い
それぞれ22インチモデルの重量を実際に測ってみたところ、最新モデルが1900グラム、前モデルが1817グラムと、わずか100グラム程度ですが最新モデルは重くなっていました。雪山ならもともと重さは覚悟しているし、履いて歩いているときは雪上の状況によりどうとでもなってしまう重量ではありますので、さほど気になりませんが、限界まで切り詰めたいという意識がある場合には要注意です。最軽量でいくならば「22インチ・3ストラップ」モデルでしょう。
最新「パラゴンバインディング」の履きやすさがヤバい
まずは何も言わずに、装着スピードを比べた下の動画をご覧ください。
従来の3ストラップモデルを両足履き終わるまでにかかった時間は1分40秒ほどであるのに対し、最新パラゴンバインディングの場合、わずか30秒に満たないスピードで左右履き終わってしまいました。最新バインディング、恐るべし。
自分は3ストラップモデルの愛用者ですし、スノーシューもアイゼンもそこそこ履きなれている(はず)の人間ですので、この数字は極端に遅いことはないと思っています。特に3ストラップモデルは、慣れていないと足の置き場所の前後位置が決めにくく、人によってはもっと時間がかかるでしょう。このように前モデルの手間のかかる装着は、このスノーシュー唯一といってもいいウィークポイントでした。
一方、新しいパラゴンバインディングの場合、あらかじめフロントのメッシュストラップのサイズをシューズと合わせておけば、足をスノーシューに入れ込んで、つま先が止まった位置でヒールストラップを締めれば、一瞬にして理想的なポジションでの固定が完了します。
ヒールストラップをしっかり固定したら、あとは余った部分をベルトループに通すだけ。
なお、自宅で合わせておいたとしても、実際にフィールドで履いたときに万が一収まりが悪ければ、つま先のメッシュストラップを締め直してフィットさせる必要があります。装着方法について詳しくは公式HPの解説を参照してください。
他社の着脱が簡単なスノーシューには、例えば「Boaシステム」を採用したモデルなどがあります。それと比べると、微調整こそBoaの方がしやすいですが、脱ぎ履きで毎回「締める・緩める」という動作が伴います。一方あらかじめシューズのフィッティングを済ませておけばその必要がないパラゴンバインディングは、ほとんど遜色のない使い勝手の良さを提供してくれているといえるでしょう。
どれだけしっかりと固定しても締め付けすぎず、快適な履き心地に驚き
装着のスムーズさに度肝を抜かれたところで、次に実際に歩いてみたろころでのインプレッションを続けます。
新しいバインディングで最も予想外だったのは、その締め付け感覚の変化です。
従来の3ストラップはシンプルに甲をストラップで縛り付けるようなものだったため、締まっているかどうかの感触がダイレクトに伝わってきます。締め付ければ締め付けただけ、甲が(靴の上から)圧迫されてくる、つまり締めすぎると下手をすれば若干血流に影響が出るくらいにもなり得ます。
一方で最新モデルでは、たとえしっかりと締めて固定したとしても甲全体に圧力がまんべんなくかかるため、そうした圧迫感は皆無。非常に快適な履き心地です。
それにもかかわらず靴はバインディングにしっかりと固定され、長時間歩いていてもズレることはありませんでした。それは例えばバインディングベースの前足部に配置された凹凸(下写真)など、細部まで考えられたズレを防ぐ構造によるところが大きいのでしょう。
登山靴以外の大型シューズでも問題なく履けるが、購入前にはフィッティングしよう
フィッティングに関して少し心配だった「大きめのブーツにも合うのかどうか」についても確認してみます。自分はボード用のブーツは持っていなかったため、大きさ的に近いという意味で、バックカントリー用のスキーブーツで履いてみました。結論から言うと下の写真のように、27cmのスキーブーツでも難なく固定することができました。
ただ、スノーボード用の大きなブーツで大きな足の人が使う場合には注意が必要です。その時はフロントのストラップがやや短いという海外のレビューを実際には見かけました。調整可能なサイズや種類の幅広さは、従来の3ストラップの方がより安心といえるでしょう。心配な人は購入前にフィッティングして確認することをおすすめします。
歩きやすさ・グリップ力・収納性などこれまでの使い勝手の良さはそのまま
このスノーシューの深雪や斜面での対応力を測るため、谷川岳の天神尾根を22インチモデルで、左右別々に履いたりしながら歩いてみました。
まず意外と無視できないのが、このモデルの収納性の高さ。他のスノーシューと比べてバインディングがぺしゃんこに潰せるため、バックパックに装着しても出っ張らず、携行しやすいのが嬉しい。流石にワカンと比べればかさばりますが。
前に書いたとおり、甲全体を包み込むように固定するパラゴンバインディングは甲への圧迫感が少なく、冷える足先の血流が滞ることもまったくありません。にもかかわらず、しっかりと固定され、行程中ずっと脱ぐことなく履き続けてもまったくズレませんでした。キレイに固定するにはちょっとした慣れが必要な3ストラップに比べて、初心者でも扱いやすくなっているといえます。
取り回しは軽く、歩きやすさは前作とまったく同じフィーリング(当たり前といえば当たり前ですが)。また心配された耐久性についても、今回使った限りでは強い負荷をかけてしんどくなるような状況はありませんでした。
さらにこのスノーシュー最大の武器である360°の鋸歯のエッジは、相変わらず斜面のトラバースでも安定のグリップ力を見せてくれました。
稜線に上がって出てきた少し硬い急斜面でも、他の人はクランポンに履き替えるところを、まったくその必要性を感じさせないくらいのグリップ力は感心するばかり(天候や雪質など状況によって危険性は異なりますので、まったくおすすめしません。素直にクランポンに履き替えたほうが無難です)。
斜度がきつくなってきた時には、ヒールリフト(テレベーター)を上げればかなりの急斜面でもフレームのエッジとつま先のクランポンが雪面に食い込み、直登できてしまいます。作りがシンプル、操作も簡単でここも文句なしです。
まとめ:新モデルは「買い」なのか?
抜群のグリップ力と合格点の浮力・歩きやすさ、収納性の高さで頭一つ抜け出た安心感が魅力であった前モデルの良さをほとんど保ちながら、課題であった装着の手間も驚くほど簡単になり、しかも履き心地まで快適になっているとしたら、個人的には買いとしかいいようがありません。急斜面・クラスト斜面・トラバース・豪雪・湿雪など多様な地形で脱ぎ履きの多い日本の山岳にとって最適という意味でも、ビギナーから玄人までより死角がなくなったと言えるでしょう。
ただ「汎用性」「シンプルさ」という点からみれば、やはり相対的にみると3ストラップモデルのシンプルなバインディング構造よりは劣ると言わざるを得ません。軽量・コンパクト性、そしてどんなブーツにも合わせられたり、万が一の修理も簡単という安心感を追求するのであれば、まだまだ従来の3ストラップも利用価値は十分にあります。
どちらが適しているかはあなたのスタイル次第。個人的には、一度この装着の楽さを体験してしまってもう戻れなくなっている自分がいます。