ハードシェルといえば、風と雪に覆われた厳しい自然環境を耐え抜くために作られた冬用のアウタージャケット。それを2年がかりでいろいろと着比べてみました。シーズンはじめに最新モデルを見渡して注目モデルをピックアップしましたが、今回はそれらを含めた珠玉のモデルたちを実際にフィールドで使ってみた、答え合わせみたいなものです。
目次
欲しいのは「最強」ではなく「最適」なやつ
最近のハードシェル各ブランドのラインナップをみてみると、アルパイン系・バックカントリー系などの大まかなものから縦走・アイスクライミング・スキーツアー・フリースキーといったより細かいカテゴリまでの用途による違い、厳冬期から残雪期といった時期による違いまで、時代はよりハイスペックな「最強」競争から一段落し、用途別の「最適」競争へと変わっていきました。その結果同じブランドでも細かい特徴の違いによる多彩なモデルがラインナップされ、最適な一着を選ぶためには特徴の違いを見極め、自分の使い方に照らし合わせてみる必要があります。
一度買ったら数年は使い込むという人がほとんどであろう代物だからこそ、デザインだけでなく自分の使用範囲にバッチリハマる一着を選びたいところです。そこで今回は編集部が独自の視点でセレクトした、おすすめ9着をピックアップして、さまざまな角度から比較評価を行ないった結果をレポートしたいと思います。
今回比較したハードシェルについて
今回の比較にあたっては、国内外主要メーカーのなかでも、
- スタンダードな雪山縦走、またはバックカントリーをメイン用途と想定したモデル
を念頭に置きながらざっくりとスクリーニングした数十モデルの中から、ブランド・発売年・素材種類・生地厚・ポケット類・ベンチレーション・フォルムなどさまざまな点でバリエーションをもたせるようにした結果、比較レビュー候補は以下の9着となりました。
- Arc’teryx Beta LT Jacket
- finetrack エバーブレスグライド
- finetrack エバーブレスアクロ
- HAGLOFS SPITZ JACKET(テストしたのはROC HIGH Ⅱ JACKET)
- Patagonia Refugitive Jacket
- Rab Latok Alpine Jacket
- Teton Bros. TB Jacket
- THE NORTH FACE オブセッションRTGジャケット
- THE NORTH FACE RTGフライトジャケット
もちろん個人的な好みも多少は入ってしまっていますが、いずれも評判・人気ともに高いものであることは確かです。
テスト環境
2016年12月~2018年3月初旬にかけて、八ヶ岳・奥秩父・谷川・アルプス周辺などの縦走やバックカントリースキーで着用。晴・曇・雪・雨と一通りの環境で着用しました。中にはメリノウールのベースレイヤーと化繊のインサレーションで常に直接寒さを感じない状況を作った上で行動しています。
今回のテストの基準として、ハードシェルに求められる性能(評価項目)について書いておきます。
まず第一に、雪や風・雨・寒さといったあらゆる気象変化のなかで、スキーや登攀などのハードな活動に対応しなければならないハードシェルに求められるのは、雨・雪・風・冷気を遮断する性能としての対候性です。今回便宜上、生地の摩耗や引き裂き、破れにくさを示す耐久性もここに含めます。
そしてスキーのストックワーク、登攀時アックスの打ち込み、ラッセル時の雪かきなど、冬のアウトドアは意外とアクティブに動くため、激しい動きにも十分対応できる形・着心地が求められます。そういった意味での快適性・機動性は重要な要素です。
さらにどれだけ寒い時期であっても、激しい動きに発汗はつきもの。全身から発せられる汗を水蒸気として排出し、身体の濡れを防ぐための仕組みがあるかどうか。それには2つの要素が大きく関係しています。ひとつはベンチレーションによる換気性、もうひとつは生地の透湿性です。
それから忘れてはならないのが軽さ。ハードシェルの常識的に考えれば、分厚い素材であればあるほど、外気を防ぎやすいのは確かなのですが、技術の進歩により同じ性能でもより薄く、軽い素材も出現してきていることから、重量も評価ポイントのひとつです。
そしてフードの形・調整し易さやポケットの数・位置・大きさといた機能・使いやすさに関わる部分は、それが想定するアクティビティに特化していたり、汎用的なつくりになっていたりと、各モデルのコンセプトや個性が出てくる大事な要素でもあります。単純に機能の数が多ければ良いわけではありませんが、あまりに少なすぎても使い勝手は悪くなります。そうした点を含めて機能性として評価しました。
テスト結果&スペック比較表
評価結果 ~タイプ別おすすめ~
バックカントリーでの快適さを重視したおすすめハードシェル
まずはハードシェルのなかでもバックカントリースキー・スノーボードに最適な性能・機能が備わったモデルのランキングから紹介します。このタイプは生地の耐久性や重量よりも通気性や快適さを重視される傾向にあります。その他の特徴としては、扱うギア類が増えるためポケットは多く、雪の侵入を防ぐため丈は長め、内側にスノースカートがついているといった特徴をもったモデルが多かったりします。これらのモデルでは冬山登山で使用できないわけではありませんが、ハーネスの装着が多くなるようなハードな登山には、長い丈や太めの身頃が邪魔になることがあります。
1位:finetrack エバーブレスグライド
ココが◎
- 耐久性・しなやかさ・透湿性・伸縮性十分な生地による快適な着心地
- ずり上がりのないスノースカート
- 邪魔にならず効果の高いベンチレーション
ココが△
- 大きな内ポケットネットがあればもっと便利
- 若干重量感がある
毎年独自の路線で意欲的な新作をリリースしている国内ブランド、ファイントラックの2017/18最新モデル。当初からここ最近での最注目とみていましたが、期待通り満足度の高い一着でした。
しっとりとソフトシェルっぽいしなやかな生地はゴワつきも少ない。実績のある防水透湿素材「エバーブレス」の3レイヤーで耐久性・透湿性の高さは滞在時間の短いバックカントリーでは問題なく快適。さらに両脇腹に配置された同社おなじみのベンチレーションは、脇下にあるよりも換気・煩わしさ的にも非常に良い塩梅です。そしてなにより縦・横両方に伸縮するストレッチ性の高い生地は他のどのモデルよりも動きやすさを提供してくれ、動きの大きいアクティビティ全般に使えるでしょう。フードも大きすぎず小さすぎず、調節もしやすい、音抜き孔など、十分な使い心地。極めつけは、何気にこれでコストパフォーマンスが高いのというのもスゴイ。
欲をいえば、内ポケットにゴーグルやグローブやシールなどが入るような大きなエラスティックのポケットが欲しい。重量との兼ね合いもありますが、現モデルは機能的にややベーシックなので、バックカントリーにもっと特化してもいいのではないでしょうか。
2位:Teton Bros. TB Jacket
ココが◎
- 重くなく、しなやかでムレにくい、快適な着心地
- バックカントリー向けに厳選されたポケット・付属パーツ
- デザイン
ココが△
- フードの調節が分かりにくい
- やや硬いジッパー
ことバックカントリーの分野では人気・知名度ともに抜群の国内ブランド、Teton Bros.の知る人ぞ知る定番アウターは、防水透湿素材Polartec Neoshellを早くから採用し、耐候性を最低限おさえつつ、透湿性としなやかな着心地のよさを最大限に高めた、昨今のバックカントリー向けアウターのトレンドの先頭を切っていたモデル。登場から数年経ちますが、細かい部分で改良を重ね、今でもその実力は健在です。
立体裁断による抜群のフィット感は長時間着てもストレスフリー。洗練されたフォルムとカラーリングはゲレンデやクカントリーでついつい着ていたくなる魅力があります。決して大きすぎないフード周り、合理的な位置にあるベンチレーション、締めやすい袖口のベルクロ、そして理想的な数・大きさのポケット類など、シンプルさ(軽さ)と使いやすさが両立し、作り手のセンスの良さを感じずにはいられません。
ただここ数年、他モデルの追随によっていろいろと改善できるだろうと思える点もいくつか出てきました。例えばフードは形こそちょうどいいのですが、いざ調節しようとすると両頬だけでの調節がやや分かりにくく、煩わしさがあります。また個体差があるかもしれませんが、ジッパーの滑りは他と比べてやや力がいるところなども、まだ改善の余地がある気がしました。
3位:THE NORTH FACE オブセッションRTGジャケット
ココが◎
- 最高レベルの耐久性・耐候性
- バックカントリーに特化しまくりの仕立てと機能
- デザイン性と使いやすさを両立したジッパー
ココが△
- ゴワゴワした硬い生地感
- 耐久性・機能性の代償としての重量
BC向けの新作が目白押しだった今シーズン、特に気合いが入っていたのがTNFで、さまざまな契約スキーヤーとのコラボモデルが複数発売されていましたが、なかでも気に入ったのがこちら。
何よりも感動的なのがYKKとの共同開発で生まれたフロントジッパー。生地に直接ファスナーの歯が配置されているため、見た目がめちゃくちゃクリーン。それだけでなく、これが感動的なまでにスムーズ!これまでいろいろ衝動買いしたことはありましたが、まさか「ジッパー買い」なんてことが起こるとは思いませんでした。
冬用ジャケットのフロントジッパーが硬いのは当たり前、ヘタをすると裏のフラップが噛み込んできたりして地味にストレスの元でしたが、それもついに昔話になる日が来るのか。この革新的な技術が今後普及してくれることを切に願うばかりです。
その他の機能については、さすがスキーヤーの声を反映させたというだけあって、随所に細やかな(時にクセの強い)機能がちりばめられています。なかでも十分過ぎるポケット類は、スキーヤーの誰もが嬉しい特徴です。
ただ一方で、大きめのフード、立ちやすくゆとりのある快適な口元、ヘルメットと首周りを埋めてくれる、少し硬めの襟足、袖に配置されたサムホールなど、他のモデルではみられなかった独自性については、意図は分かるものの正直そこまでの感動はなかった気がします。最近のノースらしいデザイン性の高さもあって、クセのある機能も含めてすべて愛せるという人にとっては唯一無二の一着。
耐候性と軽量性を重視した、オールラウンドに使えるハードシェル
ここからは雪山縦走や登攀系のアクティビティを中心として想定されたモデルの紹介です。このタイプは摩耗や引き裂きに対する強さなど、生地の耐久性が大前提、さらにスピーディな行動のため軽さも重視する傾向があります。ハーネスの装着や手を振り上げる動作などを想定するため丈は短め、フォルムは細身が多く、スキーウェアのようなダボッとした感じがありません。ウェアの性能と重量が損なわれるためポケット類は極力少なめ。とはいえ、性能的にはバックカントリーに使用してもまったく問題ありませんので、より汎用性は高いといえます。細身のスタイル、シンプルなポケット類の方が好みである場合にはこちらを選んだ方が幸せになれるでしょう。
1位:HAGLOFS SPITZ JACKET
ココが◎
- 耐候性と軽さを両立した絶妙な素材遣い
- 細身・丈短めと、軽快で動き易い立体裁断
- アルパイン、バックカントリーどちらも対応できる汎用性
ココが△
- フード調節で、首元左右のコードロックが押しにくい
- やや硬めのジッパー
バックカントリーだけでなく、時には冬山縦走やアイスクライミングだってやるよという人に1着選ぶとしたらおすすめしたいのがこちら、高いセンスと技術力で日本でも人気の北欧ブランド、HAGLOFSの定番シェルです。なお今回テストで着用したのは昨年まであったハイエンドモデルのROC HIGH Ⅱ JACKETですが、細かい点での違いはあるものの、基本部分で引き継がれているSPITZ JACKETとして読んでください。
一言でいうと、素晴らしくバランスの良いモデル。軽量・高耐久のGORE-TEX®Proを、肩や背中、腰などの摩耗が激しい部分は70Dの厚さにすることで高強度を保ちつつ、身頃や脇など動きすさと透湿性が必要な部分は40Dの厚さを配置するというハイブリッドな素材マッピングによって、丈夫なのに着心地がよく快適、なおかつ軽いという、いいとこ取りを実現しています。
良バランスは基本性能だけではありません。ハーネスとの干渉を避ける短めの丈、細身のシルエットにもかかわらず絶妙な立体裁断で動きやすさは申し分なし。内ポケットやスノースカートなどBC寄りの機能は少ないものの、左肩の小さなポケットはリフト券入れに便利など、スキーヤーのことも最低限考えられています。大きすぎず、きつすぎない口元のゆとりも気に入っている部分のひとつです。個人的にはROC HIGH Ⅱ JACKETにあった呼気を通す孔がついた襟元が大好きだったのですが、SPITZ JACKETでは省略されてしまった模様。
とはいえ耐久性・快適性・軽さ・機能と高いレベルでバランスのとれたモデルで、どんな用途・季節を想定しても間違いのない、完成度の高い一着といえます。
2位:Arc’teryx Beta LT Jacket
ココが◎
- レインウェアと変わらないほどの軽さ
- スタイリッシュかつ動きやすい立体裁断
ココが△
- ベンチレーション、ダブルジッパーがない
- シンプルさ、軽さと引き替えに、ポケット類も少ない
ムダを削ぎ落とし、研ぎ澄まされた機能とデザインをどこまでも追い求める孤高のブランド、Arc’teryxのオールシーズン、オールラウンド向けハードシェルが2017年にリニューアル。相変わらず誰も予想していないほどの切り詰めぶりには驚かされます。
何よりも特筆すべきはその軽さ。実測332g(Sサイズ)という信じられない軽さは、レインウェアとしても軽い部類に入ります。実際でも冬に感じるストレスは信じられないくらい軽減され、他のモデルがどれも鈍くさく感じられてしまいます。この軽さを実現するためにちりばめられた細部の創意工夫がまたエグい。軽量・高耐久・高透湿で冬のアウター素材としての実力は折り紙つきのGORE-TEX®Proは40Dと最薄レベル。さらに裏地には所々に8mmという極細シームテープを使用。YKKと共同開発のRS™ジッパースライダーによってジッパーガレージという極小パーツまでも切り詰めました。ポケット類も最低限に抑えることでウェアとしての高い透湿性を確保でき、結果ベンチレーションすら削ってしまい、それがまた軽量化に繋がる。一見めちゃくちゃに思える徹底した軽量化にも、実に計算された戦略が隠れており、その辺はホントにさすがです。
とはいえ、このモデルはあくまでもオールラウンドモデルなので、具体的なアクティビティに特化した使い勝手を求めようとすると、機能面で多少の物足りなさは感じるのは確か。なかでもベンチレーションやフロントのダブルジッパーは、どうしたって汗だくになる高負荷・高温時の換気性を高めてくれる手段としてやはり欲しい機能です。使い方としては、そこまで厳しくない冬山向け、あるいはハイクアップや暑い日中にはバックパックに仕舞っておいても邪魔にならないので、初冬や残雪期のアウターとして大活躍してくれそうです。
3位:Rab Latok Alpine Jacket
ココが◎
- 高透湿のeVent素材と思い切ったベンチレーションによる高い換気性
- スリムかつムダのないフォルムと立体裁断による動きやすさ
ココが△
- ベンチレーションのジッパーが硬く、腕を振るたびに違和感
- 価格
透湿性にかけては群を抜いた性能を誇るといわれているeVentを採用したハードシェル。透湿性が高いということでは、ある意味GORE-TEX®などと比べて空気をより通す構造のため冬には向いていないのかもと思われますが、十分な厚みと強度をもった生地は風雪もしっかりと防いでくれました。脇下から手首まで開閉できる、特徴的なベンチレーションによってあり得ないくらいの換気性能を発揮し、結果として、このモデルほど天候・状態を選ばず着続けられるアウターはありませんでした。動き易い立体裁断、ワイヤーの入ったフードのひさし部分は使い心地もよく、ミニマルな機能ながら満足度は十分でした。
ただし、慣れの問題かもしれませんが、自慢のベンチレーションは少し硬く、脇下や肘を動かすたびに少し違和感を感じてしまいます。またフロント部分の丈夫なビスロンジッパーもかなり硬くて開閉が億劫。その辺の着心地が気になるので、購入の際には試着して確かめてみてください。
まとめと補足
今回はGORE-TEX®からeVent、Neoshellなどさまざまな防水透湿素材を試してみることができました。昔は酷い性能も多々ありましたが、このレベルであれば性能差はかなり小さく、どれを選んでも致命的な失敗はないといえました。
それにしてもここ数年、耐久性や透湿性といった素材の性能自体では、どのブランド・素材メーカーもそこまで急激な進化はみられず、正直、素材名やブランド同士ではそこまで大きな差はみられなくなってきました(もちろん厳密にいえば違うのですが)。その意味では現在のハードシェル・マーケットはある程度成熟したと言えなくもありません。今回の比較をした実感としては、個々のモデルのスペックを比較するのはもちろんですが、「どんな意図でどんな素材や機能を選択したのか」というアイデア、センスの良さでみてみることで、ハードシェル選びでは重要になってくるのかなと。
とはいえハードシェルはどのブランドも最大級の研究開発コストを注ぎ込む分野でもあり、今後状況を一変させるような新たな素材・技術が出てくることだってまだ十分考えられます。果たして来シーズンはどんな驚きがあるのか、楽しみは尽きません!