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比較レビュー:超軽量3シーズン用スリーピングバッグ ~軽さと温かさを極めた、逸品ぞろいの頂上決戦~

テント泊登山の必需品であるスリーピングバッグ(寝袋、あるいはシュラフ)。登山で蓄積された疲労の回復、翌日の行程に向けた活力、さらに危険回避に繋がるものとして快適な睡眠の確保は私の中で最重要事項であると考えています。テントやスリーピングマットと並び、重要な役割をもつシュラフですが、購入時に非常に悩まされるアイテムでもあります。

気になるのはやはり保温・快適性と重量・大きさ・価格のバランス。シュラフは同レベルの対応温度でも、ダウンや化繊といった断熱素材の違いによって重量・体積・性質などが大きく違います。当然軽くて小さい方がいいのですが、現実的にはそれによって失われてしまうものがあることも確か。保温性や快適性などが犠牲になっていないか、安い買い物ではないだけに、気になります。ちなみにあのモンベルでは登山に対応したシュラフだけでも60種類を超えるモデルが展開されているとか。その中から自分に合ったシュラフを選ぶことはかなりのエネルギーが必要です。

そこで今回は、そんな登山用スリーピングバッグの中でも特に重量当たりの保温力に最大限重点を置いた、驚くほど軽量でコンパクトに収納できる、ウルトラライトな3シーズン用ダウンシュラフについて、最強候補4アイテムを比較レビューします。

目次

今回比較したスリーピングバッグについて

おそらく多くの人が初めて購入するだろうアイテムは、春~秋の3シーズンに対応したモデル。今回のターゲットもそこです。メーカーによって若干の差はありますが、対応温度はおおよそ0℃~‐5℃あたりが3シーズン用シュラフとして位置づけられています。一般的に登山で用いられるシュラフはマミー型と呼ばれるタイプで中綿(保温材)は重量あたりの保温力が高いダウンが多く選ばれている傾向です。レビューするにあたり、アイテムの選定基準を下記の通りまとめてみました。

選定基準がハッキリとしたところで次は具体的なメーカー・モデル選定に移ります。国内外から集められた珠玉の超軽量シュラフは以下の4モデル。

テスト環境

テスト期間は2018年9月~11月初旬までのおよそ2ヶ月間。テストは奥秩父、中央アルプス、北アルプスのテント泊山行(1泊2日~4泊5日)で実施しました。1泊1アイテムを基本とし、縦走など2泊以上の山行の場合は泊数に応じて2つ以上のアイテムを試し比較しています。山というテスト環境の都合上、天候や気温、風など同一条件下では行えていませんが、就寝時のウェアについては同一アイテム(上半身:ベースレイヤー+薄手フリース、下半身:トレッキングパンツ)を着用し、状況(寒さを感じる)に応じてインサレーション(ダウンジャケット、ダウンパンツ)を追加することにしました。また、テストはシュラフ単体で実施するものとし、インナーライナーやシュラフカバーといった保温性や肌触りに影響を及ぼすことが考えられるアイテムの使用はありません。シュラフはすべてテント内に設置したマット(エアタイプ、またはクローズドセルいずれも180cm)、およびエアピローの上で使用しています。そのほか詳細なテスト条件については各項目の詳細レビューにて補足しています。

評価項目については、下記の通り6つの指標を設定。当然のことながら評価はテスターの判断による相対的なものです。

  1.  ダウンの使用量・FP(フィルパワー)をはじめ形状や表面素材による「保温性」
  2.  行動時の身体への負担を左右する「軽量性(重量)」
  3.  寝心地、動きやすさに影響を与える「快適性」
  4.  装備全体のボリュームにとって重要な「携帯性(収納性)」
  5.  扱いやすさや便利に使える工夫といった「機能性」
  6.  幅広い使い方ができるかどうかの「汎用性」

テスト結果&スペック比較表

総合評価 AAA AAA AA AA
アイテム NANGA MINIMARHYTHM 180 mont-bell ダウンハガー900 #3 patagonia ハイブリッド・スリーピング・バッグ SEA TO SUMMIT スパーク SpII
参考価格 50,220円 51,840円 40,500円 45,360円
ここが◎
  • 軽量、コンパクト
  • 保温性
  • 高い伸縮性により身体に密着、シュラフ内で動きやすい
  • 上半身のレイヤリングによって対応温度の調整が可能
  • インサレーションの重複が解消し、軽量化が可能
  • 撥水機能をもったダウン
  • 付属コンプレッションバッグでの携帯性
ここが△
  • ファスナー可動範囲が狭く、操作しにくい
  • やや窮屈
  • 価格
  • 重量
  • 重量、携帯性
  • 上半身のレイヤリングによっては寒くなる可能性
  • 保温性はやや物足りない
  • 足先が冷えやすい
保温性 ★★★★★ ★★★★☆ ★★★★★~★★☆☆☆
※上半身のレイヤリング次第
★★★☆☆
重量 ★★★★★ ★★★☆☆ ★★☆☆☆ ★★★☆☆
携帯性 ★★★★☆ ★★★★☆ ★★★☆☆ ★★★★★
快適性 ★★★☆☆ ★★★★★ ★★★☆☆ ★★★★☆
機能性 ★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆ ★★★★★
汎用性 ★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★★ ★★★☆☆
スペック
アイテム NANGA MINIMARHYTHM 180 mont-bell ダウンハガー900 #3 patagonia ハイブリッド・スリーピング・バッグ SEA TO SUMMIT スパーク SpII
メーカー記載温度域(℃) 想定使用温度:0℃※NANGA独自基準
  • コンフォート:3℃
  • リミット: -2℃
  • エクストリーム:-18℃
特に記載なし(レイヤリングによって変動)
  • コンフォート:7℃
  • リミット:2℃
  • エクストリーム:-12℃
サイズ(cm) 身長180まで対応(最大長:210 × 最大肩幅:80) 183まで対応(最大長200×肩幅80※実測値) 183まで対応(最大長217×肩幅73※実測値) 183まで対応(最大長200×肩幅75※実測値)
実測重量(収納袋含) 316g(330g) 503g(526g) 525g(541g) 482g(517g)
収納サイズ(cm) φ13×20 φ13×26(2.8リットル) φ14×27※実測値 コンプレッション前:φ13×30
コンプレッション後:φ13×21
※実測値
ダウン品質 930FP シルバーグースダウン 900FP/EXダウン 850FP/アドバンスト・グローバル・トレーサブル・ダウン 850+FP 90/10 ULTRA-DRYプレミアムグースダウン
ダウン量 180g 非公表 非公表 280g
ファスナー仕様 胸元中央(23cm) 右側(60cm) 中央(50cm) 左側(56cm)

各モデルのインプレッション

NANGA ミニマリスム 180

ヒマラヤ8,000メートル級の高峰”ナンガバルバット”を社名の由来とするナンガ。そんな社名ながらも実は創業74年の国産「羽毛商品」メーカー。”永久保証”というユーザーの立場に寄り添った信頼のおけるメーカーです。私自身も厳冬期用シュラフとしてオーロラライト600を所有していますが、真冬の低山ではオーバースペックと言っても過言ではないくらいの保温性を備えているシュラフです。そのナンガからリリースされているミニマリスム 180。近年のUL(ウルトラライト)志向を追求したモデルと見受けられますが、公式HPによれば約325gと驚きの軽さ。まさに「軽さは正義」といわんばかりですが、この軽さを実現しているのは、厳選された素材使いと、ギリギリまで削ぎ落されたミニマルさによるところが大きい。まず素材ですが、表地に7×5デニール(※)、裏地は10×7デニールと極薄のナイロンリップストップ生地が使われており、その薄さは封入されているダウンが透けて見えるほどです。※ 7×5デニール・・・7デニールと5デニールの太さ(質量)の異なる糸(繊維)で織った生地。この薄くて軽い生地のおかげでダウンのロフト(膨らみ)復元を妨げず、収納袋から出した直後でもすぐにシュラフはフカフカ、パンパンな状態になってくれます。

次に徹底的に削ぎ落されたミニマルさについて、まずはファスナー開閉部がわずか23cmしかない点が挙げられます。ファスナー開閉部を長くすればその分重量が増すということで軽さを追求した結果だと思いますが、それにしても開口部は狭い!小柄ですが細身ではない私が入るのにも、身体の部位ごとに入る順番を考えながらとひと苦労です。薄く繊細な生地ということも相まって、裂けないよう慎重に入る(出る)必要があります。実際に入ってみてもゆとりが無く、まるで拘束されているかのよう(笑)。 ただし、そのゆとりの無さが余計な空間を作らず冷気の侵入を防ぎ保温性に貢献していることも事実です。

メーカー基準で0℃という対応温度、これはダウンの封入量から考えると驚異的です。私がテストで訪れた山の早朝気温がまさにその0℃でしたが、窮屈さにストレスを感じながらも寒さを感じることはありませんでした。実際にはもっと低い温度帯でも問題なく使用できそうです。使い勝手に関しては、先にも触れましたがファスナーに難ありです。あと15cm、いや10cm長かったらどれほど入りやすいことか。また、そのファスナー、上からでも下からでも可動するダブルジップ(逆開ファスナー)仕様となっていますが、そもそもダブルジップである必要性があるのか疑問を抱きます。入る際は開口部を大きく開ける必要があるためファスナーを全開にしますが、入った後にファスナーを閉じるとなると動きを制限された状態で閉じることがなかなか難しく、苛立ちを感じたことが何度か(笑)。シュラフから出る際も内側からのファスナーを開ける操作がしづらいと感じました。そしてもう一つ残念に思ったのが軽量化のためとはいえ他のナンガ製シュラフに搭載されている機能まで削られてしまっている点です。生地の噛み込み軽減だけではなく操作性に優れたファスナーパーツ、ショルダーウォーマーやドラフトチューブといった機能が搭載されていればまた変わった印象になるのかなと思います。おそらく開発された方もいろいろなことを割り切った上で製品化したのだと思いますが、極限まで軽さを追求したことで、ユーザーの体格・体型を選ぶ、なかなか尖った個性をもったシュラフといった印象です。

mont-bell ダウンハガー900#3

言わずと知れた国産ブランドモンベル。品質の良さとコストパフォーマンスの高さによって初心者からエキスパートまで老若男女問わず高い支持を得ています。同社シュラフの中でフラッグシップモデルとされているのが900FP・EXダウンを使用したダウンハガー900シリーズ。最大の特徴としては「伸びる」といった点。ステッチに糸ゴムを採用した独自のスーパースパイラルストレッチシステムによって、タテ・ヨコ・ナナメに伸縮(伸縮率135%)し、窮屈さを感じさせないシュラフです。また、その伸縮性に加え”かさ高性”に優れた900FP・EXダウンを使用することで、身体とシュラフ内壁が隙間なくフィット、冷気の侵入を抑えること保温性を高めています。就寝中、シュラフの中で足を拡げたり寝返りを打ったりしてもシュラフが妨げになることは無く、寝相の悪い私にとってはありがたい、まさにストレスフリーなシュラフ。私同様、寝相の悪い人にもオススメできます。このスーパースパイラルストレッチシステムの効果を測る方法として、シュラフに入ったまま胡坐(あぐら)をかくというのがあるらしいですが、実際にやってみたところシュラフに腰まで入った状態から難なく胡坐姿勢をとることができ、早朝・日没後にテント内で過ごす際の防寒着としての役割にも期待できます。

ユーザーによってはダウンパンツ、テントシューズなどインサレーションウェアを削減することも可能になり軽量化にも繋がるのではないでしょうか。さらに、私の妻に使用させたところシュラフに入ったまま着替えが可能になるといった意見がありました。女性ならではの発想・意見ですが、体温の低下を最小限に抑えるという点で考えると有効な活用方法であると言えます。もちろん、私自身(小柄)も試してみましたが難なくシュラフ内で着替えを済ませることができました。まぁ、だからといって今後、私がシュラフの中で着替えるかっていうと間違いなくそんなことは無いと思うので、あくまでも女性を対象とした活用方法ということで。。。

さて、そんなダウンハガー900#3ですが、唯一気になる点を挙げると下位モデルのダウンハガー800#3との差です。公式HPの情報を見る限り、対応温度は同じ(コンフォート:3℃、リミット:-2℃)、重量は800に比べ約14%(81g)軽量、収納サイズ(体積)は800に比べ約18%(0.6?)コンパクトとなっているようですが、個人的にその差は微々たるものとしか感じません。ところが価格の面では800#3が27,500円(税抜)に対し、900#3は48,000円(税抜)と約75%(20,000円)も割高というあまりにも大きな差が生じています。対応温度や重量、収納サイズにもっと歴然とした差が生じていれば差別化が図れ、その価格設定にも納得がいくのですが・・・。この数字を見る限り、個人的には800#3の方がオススメということになりそうです。

patagonia ハイブリッド・スリーピング・バッグ

私にとっては初めて手にする半身用シュラフですが、山岳マラソンやアルパインクライミングの世界では装備の軽量化のため珍しくないタイプだそうです。とは言え、見た目からキワモノ感満載のシュラフ。ただ、その存在意義としては非常に理に適っており、ビレイパーカーなど暖かいインサレーションウェアを着込んでこのシュラフに潜り込めば、全身用シュラフと変わらぬ暖かさが得られるというもの。

もともとは『ハイ・アルパイン・キット』と名付けられたクライマー向けのレイヤリングシステムとして、ベースレイヤー、インサレーション、アウターレイヤーなどのアイテムと共に展開されていたカプセルコレクションアイテムの一つ。軽量かつ一体型のキットとして、アイテム単体で最高の機能を発揮することは当然ながら、他との組合せにより、過酷な状況下においても最大限の機能を発揮することを目的とするコンセプトのようです。

対応温度はレイヤリングによって変動するといったユニークな設定で、同じ『ハイ・アルパイン・キット』としてラインナップされていたグレード Ⅶダウンパーカー(お値段、衝撃の120,000円!)と組み合わせれば、厳冬期にも対応し、薄手のレイヤリングと組み合わせれば3シーズン用シュラフとして活用もできるマルチパーパスなシュラフと言えます。上半身は薄いウィンドシェル素材で一見頼りない印象を与える一方、下半身には850フィルパワーのダウンが冬用シュラフ並みのボリュームで封入されており、見た目のボリュームを裏切らず足先がまったく冷えない作りになっています。

10月初めにテストで訪れた標高約2,500mにあるテント場(最低気温5℃)では上半身にダウンジャケットを着用し使用しました。下半身の保温性はかなり高く、冷えるどころか若干汗ばむほどでした。正直、夏はよっぽど標高の高い山でもない限り入っていられないかもしれないというのが正直な感想です。また、上半身についてビレイパーカーなどを着用するのであれば大概フードが付いていますのでフードを被ってシュラフに入ることができますが、フードなしウェアの場合、頭部を覆うのは薄いウィンドシェル素材1枚だけとなるため、自分の持っているウェアとの相性によって保温性、快適性といった使い心地に影響を与えることになりそうです。

事実、10月末にテストで北アルプス(最低気温-1℃)を訪れた際は上半身に若干の冷えを感じることになりました。下半身はダウンとウィンドシェルの切り替え部分(腰部分)にあるドローコードを絞ることで冷気の侵入を喰い止めることができますが、上半身はダウンジャケットの外側にウィンドシェル1枚だけとなるため冷気が伝わりやすくなっていることが原因と考えられます。シュラフのフード部分にもドローコードは付いていますが、完全に絞ったとしても鼻先や口元が冷えやすいことには変わらないため、低温下では工夫が必要だと思います。また、インサレーションの重複を解消し軽量化を実現するというコンセプトですが、1,000gを超えるような厳冬期用シュラフと比較すれば確かにそうかもしれませんが、3シーズンに対応するシュラフとして半身で500gに迫る重量を考えると軽量性に欠けると言わざるを得ません。

SEA TO SUMMIT スパークSpⅡ

創業者がベンガル湾の海抜0m地点からエベレスト無酸素登頂を果たしたことが社名の由来となっているシートトゥサミット。細部にまでこだわりが光るギアを幅広く揃えるメーカーです。店舗では小物やアクセサリーをよく目にしますが、実際にはライトシェルターやハンモック、スリーピングバッグまでを手掛けるオーストラリア発の総合登山メーカーです。

同社のシュラフ、スパークシリーズは対応温度によってSpⅠ~SpⅢまでラインナップされており、SpⅠは主に夏用として、SpⅢは氷点下用となっており、今回レビューするSpⅡについては、その2つの中間に位置するモデルとなっています。大きな特徴として、撥水性をもたせ水を吸わないULTRA-DRYダウン(UDD)の使用と携行性の2つが挙げられます。今回レビューしたアイテムの中で唯一撥水加工を施したダウンを使用しています。通常ダウンよりも60%以上ロフトが高く、水分吸収を30%抑え、従来製品と比べ速乾性にも優れているようです。ただ、撥水加工が施されているのは中綿のダウンであり表面生地ではないため、過度の期待はしないほうが良さそうです。次に携行性ですが、コンプレッション機能の付いた収納袋が付いており、コンプレッションベルトを締めない状態ではφ13×30cm、そこからコンプレッションベルトを締めていくと形状は若干崩れるもののφ13×21までコンパクトになり、手のひらサイズ。さすがに重量が軽くなることはありませんが(笑)、ここまでコンパクトになればUL(ウルトラライト)スタイルにも十分対応できるアイテムです。

気になる保温性については、スペックを見る限り少し心許ない印象です。このアイテムはテストで3度山に持ち出しましたが、最低気温5℃程度までは寒さも気にせず眠ることができました。寒さを感じるようになったのは最低気温が5℃を下回った頃で、夜中に足先の冷えで目を覚ましダウンパンツを履いてシュラフに入り直すといったことがありました。スペック(対応温度)に偽りなしという点では好感をもてますが、インナーシュラフやシュラフカバーを使わない単体使用を考えると残雪期である早春や晩秋で使用するのには不安が残ります。

次ページ:各項目の詳細レビューへ

前ページでは比較したモデルのランキングと、評価・スペックの一覧、そしてそれに基づくおすすめを紹介しました。ここからはその評価について、どのような基準で評価したのか、なぜそのような評価になったのかについて解説していきます。

各項目詳細レビュー

保温性

シュラフを選ぶ際に重要となってくるのが保温性ですが、その保温性を測る要素として対応温度表記、構造、ダウンのFP(フィルパワー)・封入量があります。

対応温度表記

シュラフを選ぶ際に欠かせない指標となるのがEU諸国で統一された保温力表示規格EN13537です。スリーピングバッグメーカーの多くがこの表示規格を採用しており、異なるメーカーのアイテム同士でも容易に比較することが可能になりました。それまで独自基準で温度測定・表示していたmont-bellも2014年からEN13537に則った表示へと変更を行っています。今回レビューした4アイテムの中ではパタゴニアを除いた(※)3メーカーでENS13537による表示を採用しています。ENS13537はEU諸国の欧米人を基準としているため、体格・体感温度の異なる日本人にそのまま適用できるのかといった疑問も生じますが、購入に際し最も参考にしやすい指標になることは間違いありません。パタゴニアのハイブリッド・スリーピング・バッグについては、半身用シュラフで対応温度が上半身のレイヤリングによって変化するためこの点の評価は未知数としておきます。また、ENS13537を採用しているナンガですが、なぜかこのミニマリスムシリーズだけは独自基準で想定使用温度を0℃としています。あくまでも個人的な推測ですが、ナンガ独自基準の想定使用温度0℃をENS13537におけるコンフォート温度として考えた場合、対応温度という数字の面からはミニマリスム 180が最も重量比で温かい、つまり保温性に優れていることになると思います。※パタゴニアの温度表示規格・基準については公表されておりません

構造

続いて、シュラフの構造から保温性を見ていきたいと思います。シュラフの構造は大きく分けてシングルキルト構造、ボックスキルト構造の2つに分けられます。ダウンの詰まった円柱状のチャンバー同士を点で縫い合わせるシンプルな構造のシングルキルト構造に対し、ボックスキルト構造はボックス状のチャンバー同士が面で接するためコールドスポットができず冷気が伝わりにくいといった特徴があります。

光に透かすとコールドスポットが確認できる

また、シングルキルト構造は軽量でコンパクトに収納できる利点もあります。今回テストした4アイテムの中でシングルキルト構造なのはミニマリスム 180のみとなっており、ハイブリッド・スリーピング・バッグダウンハガー900#3はボックスキルト構造となっています。スパークSpⅡは上半身がボックスキルト構造、下半身はシングルキルト構造というようなハイブリッドです。個人的な推測ですが、私がスパークSpⅡを使用して感じた足先の冷えはこのシングルキルト構造によるものだったのかもしれません。

スパークSpⅡ。シングルキルト構造(赤丸)はその縫い目から裏地(黄色)が透けて見え、そこがコールドスポットになりやすい。ボックスキルト構造(青丸)は裏地が透けることがなくコールドスポットになりにくい

シングルキルト構造=冷える(寒い)となれば、気になるのがミニマリスム 180ですが、このモデルの場合、身体にフィットさせることでシュラフ内の温度を高め、結果として冷えを感じさせないようにしているのではないでしょうか。いずれにしろ、シュラフの構造が温度表記の裏付けとなっていることは間違いなさそうです。

ダウンのFP(フィルパワー)・封入量

FP(フィルパワー)とはダウンのかさ高性を現す単位で、1oz(約28.3g)のダウンをシリンダーに入れ、ある一定の荷重を掛けた時の膨らみ度合いを立法インチで示したものです。仮に600フィルパワーであれば、1oz(約28.3g)の羽毛が600立方インチの体積に膨らんでいることを表し、数値が大きいほど良質なダウンとなります。この体積が大きいほど、ダウンが空気を含んだ状態(デッドエア)になり保温性が増すということです。今回テストした4アイテムはどれも800FPを超えた良質なダウンを使用しているようです。中でもミニマリスム 180については4アイテム中で最も高品質な930FPグースダウンを使用しています。ミニマリスム 180スパークSpⅡについてはダウン使用量までスペックに表示されていますが、使用量が100gも少ないミニマリスム 180の方が暖かく感じたのにはサイズの件を抜きにしても驚きました。ハイブリッド・スリーピング・バッグ(850FP)とダウンハガー900#3(900FP)の2つは使用量をともに公表していないようなのですが、少し気になったことが1点。個別レビューにおいて、ダウンハガー900#3と800#3の差について触れましたが、800よりも良質なダウンを使用している900が対応温度表示で800と同じ数値となっているのは何故なんだろう・・・と。いろいろと調べ回っているうちにmont-bellの海外サイトであればダウン使用量が記載されていることに辿り着きました。残念ながら海外展開アイテムの中で800と900の両方に共通した#3モデルはなく、代わりに#5での比較になりますが800#5のダウン使用量230gに対し900#5は200gとなっており、ダウンの品質(フィルパワー)を上げた分、使用量を抑えることで軽量化を図り、同じ数値の対応温度表示を実現させているというところでしょうか。それまで「ダウン使用量(g)は800も900も同じで、900の方がFP(フィルパワー)の高い分パンパンに膨らむシュラフ」といった認識をもっていましたが、どうやらその認識は誤っていたようです。

軽量性(重量)

装備が軽ければ身体への負担も減りますので他の登山用品同様、シュラフも軽いに越したことはありません。シュラフを使用するシーンはテント場であり、緊急時を除き歩行中に出番が訪れるようなことは皆無ですから、なおさら軽量性が求められてきます。

アイテムごとの実測重量

今回は選定段階で500g程度としていますので、4アイテムすべて軽いシュラフと言えるわけですが、その中で唯一300g台のアイテムがミニマリスム 180です。他と比べ100g以上も軽量というこのアドバンテージは非常に大きく、UL(ウルトラライト)志向の登山者のみならず注目すべきアイテムです。次いで軽いのはスパークSpⅡですが、これは構造でも触れたように下半身をシングルキルト構造にしたことで軽量化に繋がったものだと思います。軽量性という観点からすれば、シングルキルト構造は使用する生地が少ないため軽量性に優れ、ボックスキルト構造はボックス内でダウンの偏りを防ぐ隔壁を設けている分、軽量性に欠けると言えます。4アイテム中、最重量だったハイブリッド・スリーピング・バッグについては、そもそもアルパインクライミングにおけるビバークまでを想定しているアイテムですので、圧倒的不利な立場であったことを付け加えておきます。

快適性

シュラフに求められる快適性は、寝心地(寝やすさ)に尽きると思いますが、シュラフ内壁の素材についてはメーカーごとに異なるものの、そこまで大きな差を感じることはなく、4アイテムそれぞれさらりと肌触りの良い印象です。サイズ面から見ていくと分が悪くなってしまうのはミニマリスム 180です。体格にもよりますがシュラフ内部でほとんど身動きが取れず足を拡げることもできないため快適性については低いと言えるでしょう。たった3cmの差ですが対応身長が4アイテム中で最も低いのも納得ができます。それに対しダウンハガー900#3は伸縮性に富んだ作りとなっておりシュラフ内部で自由に身体を動かすことができ、足も肩幅程度まで容易に拡げることができます。ハイブリッド・スリーピング・バッグスパークSpⅡは海外メーカーということもあり実際に測ったサイズ以上のゆとりを感じます。唯一、半身用シュラフのハイブリッド・スリーピング・バッグは保温力を閉じ込める役割でウェストにドローコードが付属していますが、このドローコードを締めることによってインサレーションとシュラフのズレを防ぎ、結果として快適性を高めることになる点にも注目です。

携帯性(収納性)

シュラフを必要とするテント泊登山では装備も多く、パッキングするのもなかなかの労力が必要です。軽量性同様、テント場でしか出番のないシュラフがザック内部で存在感を強めてしまうことは極力避けたいものです。シュラフ以外の装備全般に共通することですが、コンパクトになればザックの容量は小さくなり、結果として軽量化にも繋がることになります。登山用シュラフですから当然ですが、4アイテムすべてに収納袋が付属しておりそれぞれに不満はありません。ただし、注目したいのはスパークSpⅡ。このスパークSpⅡの収納袋にはコンプレッション機能が備わっており、圧縮することで収納サイズをさらに小さくすることができます。圧縮前は4アイテムの中で最も大きいと思われるボリュームですが、圧縮後は最小サイズにまで変化します。

4アイテムのサイズ比較。上:スパークSpⅡコンプレッション前。下:スパークSpⅡコンプレッション後。

今回のテストは1泊1アイテム使用ということで進めましたが、2泊以上の日程で複数アイテムをパッキングできたのも、このコンプレッション機能があったからこそとも言えます。もちろん別にコンプレッションバッグを用意することで他3アイテムもさらにコンパクトにすることは可能ですが、付属品としてコンプレッション機能付きの収納袋があることはコストの面でも大きいと感じますし、純正ですからサイズが合わないということもあり得ません。

機能性

ここでは使いやすさについて見ていきます。まずはファスナーについて。ダウンハガー900#3ミニマリスム 180は、1つの引手で表裏両方かから開閉可能なリバーシブルスライダーが採用されています。好みもあると思いますが、個人的にはこのタイプが使いやすいと感じています。どのアイテムも生地の噛み込みを防止するよう工夫されていますが、スパークSpⅡについてはファスナー上部に開口部に折り返し処理(ハードシェル等にあるチンガードと同様の形状)がされており、身体にスライダーが接触することを防ぐための細かい工夫に好感がもてます。

折り返し処理によってスライダーが身体に接触しないよう工夫されている

また、ファスナーの長さはミニマリスム 180を除いた3アイテムで全長の1/3程度の仕様となっていますが、不便を感じるほどではありませんでした。下半身側からも開閉可能な逆開ファスナーであればシュラフ内温度の調整が可能ですが、軽量性や保温性のことを考慮すれば必要とは言い切れないのが正直な感想です。続いて撥水性ですが、スパークSpⅡは撥水ダウンを採用、ハイブリッド・スリーピング・バッグは表面素材に撥水加工が施されています。他2アイテムについてはダウン・表面素材共に撥水加工は施されてなさそうです。結露程度の水滴であれば問題はなさそうですが、できることなら撥水加工をしてから使用することをオススメします。最後にフードの使い勝手についてですが、ミニマリスム 180以外の3アイテムはドローコードが付いていますので頭部の寒さ対策として有効に使いたいところです。ミニマリスム 180はドローコードこそありませんが、フード自体もタイトに作られているため露出する範囲は狭くそこまで影響を与えることはないと感じました。

汎用性

決して安くない買い物であるシュラフ。せっかく買うのならシーズン中、長い期間使用し続けたいと思う人が多いと思います。今回のレビューは3シーズン用シュラフとして活躍が期待できるアイテムを揃えているため、それだけですでに汎用性の高いモデルであると言えると思いますが、その中でもハイブリッド・スリーピング・バッグは、レイヤリングによって3シーズン用シュラフにもなり、本来のコンセプトであるアルパインクライミングにも対応するという点で幅広い可能性を感じます。スパークSpⅡは対応温度が高いため他のアイテムと比べると使用シーン・時期が限られてしまいますが、同じスパークシリーズのSpⅠはライナーとして使用することも考えられており、厳冬期のライナーとして活用することもできます。実際に、私の知人もスノーキャンプのシュラフとしてスパークSpⅡを他社製品と組み合わせ、”ニコイチ”で使用していると聞きました。登山以上に荷物が多いキャンプシーンでもスパークSpⅡの携帯性が重宝されているようです。一方ミニマリスム 180は構造的に温度調節が難しく、特に暑い環境で使用する場合には快適な睡眠環境を作るのがやや難しい印象でした。

帯性に優れているためシュラフ2個使いも可能

まとめ

快適な睡眠を確保するという目的は共通しているものの、ユーザーそれぞれのスタイル、暑がり・寒がりといった個々の体質、マットなどもっている装備も異なりますので一概にこのシュラフが最適と言い切れないところがシュラフ選びの難しさでもあります。店舗で実際に入って試すことも重要ですが、使用する山の環境とは大きく掛け離れてしまっていることも難しくさせている要因として挙げられます。まずは自分の中で妥協したくないポイント、妥協できるポイントなど優先順位をしっかりと意識することが最適なシュラフ選びの近道だと感じます。私個人による目線ではありますが、参考にしていただけると幸いです。

齋藤 ヒロアキ

埼玉県在住。黒部峡谷下ノ廊下に魅せられ、30歳を過ぎてから登山にのめり込み未だ開発途上中。持ち前の好奇心・探求心を前面に、経験値の少なさをカバーするため時間があれば山に入るようにしています。物欲旺盛で後先考えない衝動買いで一喜一憂の日々。そんなトライアル&エラーを交えながらギアの魅力を伝えていきます。

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