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ジョン・ミューア・トレイル 北向き縦走 (2025 NOBO) の記録 【第13章】シルバー・パスからレッズ ・メドウ

【第13章】シルバー・パスからレッズ ・メドウ

シルバー・パスからレッズ・メドウは二日程度の道のりである。シルバーという名前は雪渓が遅くまで残るからだと思う。今年は雪が消えていたが、雪があってもなだらかな場所なので、クランポンなどは必要ではない。パスを越えるとチーフ・レイクなど綺麗な湖が広がる。いったん、高度を落とし、フッシュ・クリークを遡ると、レイク・ヴァージニア、パープル・レイク、ダック・レイクなどが続く。しばらく水のない区間を過ぎると、レッド・コーンズのキャンプ・サイトに到着する。レッズ・メドウの補給基地は数時間である。今年はハイカーが少なく、ストアの品物も少なく、レストランにも入れなかった。

なお、ダック・レイクはトレイルから見えないが、綺麗な湖である。見学のために少しサイドトリップをしてもよいだろう。ここはダック・パスを経てマンモス・レイクスに行く近道でもある。ダック・パスのパーミットをとって JMT を歩くのもお勧めである。

図 13.1: シルバー・パスからディア・クリーク

図 13.2: ディア・クリークからレッズ・メドウ

図 13.3: シルバー・パスを下ると岩がある。

シルバー・パスからパープル・レイク

シルバー・パスには夏でも雪渓が残っている。シルバー・パスという名前もそれで命名されたと思うが、今年はまったく何もなかった。パスを少し過ぎると標高が下がる。それからしばらくなだらかな丘状になる。ここで目立つのは図 13.3 の岩である。腰をかけて休憩するには良いスポットである。

2010 年にここに PCT ハイカーが腰掛けていた。名前はデイビッドと言った。比較的高齢のハイカーだった。高山病のため、入院していてやっとここまで来たという。PCT ハイカーの多数は南から北に向かい、ハイシェラで一番高いマウント・ウィットニーに向かう。高所順応が不足だと、肺気腫など、重い高山病にかかり、死にかける。彼もその一人だった。

トレイルは西に向かい、スイッチバックで高度を下げる。少しずつチーフ・レイクが近づく。図 13.5 は少しトレイルを外れて撮影した。キャンプ・サイトもそこそこあり、良い場所だが、VVR からここまでは少し遠いし、南向き JMT の場合はフェリーに乗る関係で、シルバー・パス・レイクまで頑張ってしまう。それでキャンプしたことはない。

チーフ・レイクからしばらく歩くと、グッデイル・パスからのトレイルと合流する。それから東に向きを変える。ニュムスーハピ (スクワウ)・レイクに向かうのだが、湖の周りは草が生えていて、キャンプできない。下りる前にちょっとしたスポットがあり、水も流れているので、キャンプ適地である。それが図 13.7 である。この場所はハーフマイルの地図に載っていたので、記憶していた。

図 13.4: デイビッド、PCT ハイカー、2010 年撮影。

なお、この湖はスクワウ (インディアンの女) という意味だったが、性差別用語らしく、ニュムスーハピと名称が変更された。ネィティブ・インディアンの固有名詞と思うが、詳しくは知らない。まだ改められていない地図も多い。写真は 2019 年の方が綺麗なので、こちらを採用した。

ニュムスーハピ (スクワウ)・レイクに着いたのは 9 時頃である。岩伝いに対岸に渡ってから休憩し、水を補給した。その後、岩だなのような場所からスイッチバックを繰り返して高度を下げていく。しばらくすると景色が見えなくなってしまう。もう一度、スイッチバックを繰り返すと、パイン・ツリーの間の平坦な場所に出る。

そこが比較的広いキャンプ・サイトで、そのサイトの外れがメドウ(図 13.8)になっていて、小川を渡ってから下る。下ってから再び反対側に渡る。ここは少し不思議な地形で、面倒な気がする。キャンプ・サイトから小川を渡らず、最短距離で歩けると思うが、岩の関係だろうか。

小川を渡ると比較的平坦な地形になり、トレイルはまっすぐになる。もちろん、所々にテントが張れそうな場所がある。

トレイルはしばらく川沿いだが、スイッチバックで高度を落とす。このスイッチバックが一番長い。ある程度、下りると、水平になり、小川を二つ横切る。2019 年には多くの倒木があった場所である。開けた場所はキャンプ・サイトで数回テントを張った。ゴミを入れて放置されたベア・キャニスターを見たことがある。重いとなると、アメリカ人はなんでも捨てる。

図 13.5: チーフ・レイク

図 13.6: ニュムスーハピ (スクワウ)・レイク。2019 年撮影。

図 13.7: ニュムスーハピ (スクワウ)・レイクの上で。2019 年撮影。

図 13.8: 無名のメドウ。近くにキャンプ・サイトが点在する。

フィッシュ・クリーク・トレイルとの分岐がある。このトレイルはフィッシュ・クリーク沿いに JMT と平行に伸びてレッズ・メドウで合流するが、途中、徒渉がある。歩いたことはないが、フィシュ・クリークは水量が多いので、ここのパーミットは取らない方がよいだろう。パーミットが取りやすいということは危険だからで、VVR で日本人ハイカーが帰りに通るというので、止めたことがある。

平坦なメドウのような場所を経ると、図 13.9 のようなフィッシュ・クリークの橋を渡る。川の傾斜は急で、滝のように流れている。つまり、この下流部を徒渉するには、それなりの経験と体力が必要である。

図 13.9: フィッシュ・クリークの橋

トレイルはすぐさまスイッチバックで高度を上げ、川沿いに走る。川は遠いので水は汲めない。ある程度、高度をあげないと川は近づかない。長年、歩いているので、ランチ・スポットは決っている。図 13.10 の場所である。広いのでテントも張れるサイトである。川も近い。到着したのが 12時であった。まず、水を汲んで、落下式の浄水器を岩にセットして、インスタント・コーヒーと JMT パンのランチである。

図 13.10: 川沿いのランチ・スポット。テントも張れる広さがある。

2022 年は雨が多かったので、JMT でもポルチーニが豊富に取れた。ここで撮影したのが、図 13.11 である。すでに説明したように、チーズを加えて油で炒めると、最高に美味しい。
ランチ・スポットからはトレイルの傾斜が穏やかになる。ちょっとした湿地帯を抜けると、マッギル・パス・トレイルとの分岐がある。このトレイルはやや険しくて長い。最終的にレイク・クロウリーに繋がる。

図 13.11: フィッシュ・クリークのポルチーニ。2022 年撮影。

パイン・ツリーがなくなり、JMT はスイッチバックを繰り返してレイク・ヴァージニアへ登っていく。最初に小川を横切るが、ここにはワイルド・オニオン (野生のニラ) の花が咲く。南向き JMT ではよく休憩した場所である。

スイッチバックは露出しているが、タリー・ホールのメドウはパイン・ツリーに遮られてよく見えない。かなり高い場所に登ると、ようやく景色が良く見える。図 13.12 である。8月 18 日と、8 月の中旬になると、午後には雲が湧いてくる。真っ青だったハイシェラも秋が近づいていた。

図 13.12: タリー・ホール。ある程度、高度を稼いでから撮影。

斜面には図 13.13 のようなペニー・ロイヤルが咲いていて、ミントのような強い香りがする。ここに来ると、夏のハイシェラに来たという感じがする。

図 13.13: ペニー・ロイヤル。2010 年撮影。

最後のスイッチバックからトレイルはゆっくりと平坦になり、名もないパスを越える。平坦なのでテントが張れそうだが、水は遠い。しばらく湖から遠い場所を歩くが、傾斜が強くなり、湖岸の高い場所を歩く。図 13.14が何時もの撮影ポイントからのレイク・ヴァージニアである。

いつもレイク・ヴァージニアは水を補給するだけである。以前はハンモックで昼寝しているハイカーもいたが、今年はハイカーが一人もいなかった。一度、ぜひキャンプしたいとレイク・ヴァージニアの湖岸にキャンプしたのは、2012 年のドライ・イヤーで、グッデイル・パスを越えて VVR に着いたのが夕方の 7 時前。動悸が止まらなくて困った。VVR までは距離がありすぎるので、ここには一度しか泊まっていない。

レイク・ヴァージニアは午後 3 時と遅くなってしまった。ダック・レイクは少し遠いので、キャンプはパープル・レイクあたりだろう。

レイク・バージニアから北に向かうと、スイッチバックがあり、低い峠がある。そこを越えてしばらく歩くと、図 13.15 のような風景が広がる。

図 13.14: レイク・ヴァージニア

図 13.15: レイク・ヴァージニアからパーフル・レイクに向かう。

左手は岩山である。この岩山の低い部分まで歩くと、再び、スイッチバックが始まる。今度はかなりの高度を下げる。

突然、ジェイムズさんから「どうしている?」とメールが入ってきた。スマホを取り出して。「酷く疲れた。今日はパープル・レイクでテントを張るよ。」と返事をした。位置情報の発信とか簡単な返事なら腕時計でできるが、ちょっと文章を書くにはスマホが必要である。マメな人の相手も大変だ。

大きなスイッチバックをこなすとパープル・レイクが見えてくる。標高差はかなりあるので、近づくのは時間がかかる。5 時、ようやく湖の南に着いた。そこからの写真は図 13.16 である。小川が流れ出る場所によいサイトがあった記憶がある。ハイカーが一人いたが、手ぶらだった。彼は急いで小川を下り、姿を消した。どこか、近くでキャンプしているのかもしれない。

「シルバー・パスの北は雪がないよ。」とジェイムズさんからメールが来た。その通り、こちらの位置情報を見間違えたのかな。タイミング的には少し遅い。

夕食は VVR で拾ったグリルド・チキン・ジャンバラヤを食べてみた。ぜんぜん足りなくて、チキンパックとポテトサラダを追加した。

食事の後、千恵子にメールをした。

「ヨセミテよりビショップに行きたい。メトロリンクの月ー金のスケジュールはプリントがある。土日のランカスター 2:00 発はあるのか確認して欲しい。写真はジェイムズさんとの共通のメッセンジャー参照。昨日、寝付きが悪く悪夢を見た。標高の高い所で寝ると具合が悪い。朝から失速した。一応はトゥアルムを目指す。時間切れにならなければビショップに行く。脚が遅くなっているので未定。ジェイムズさんから毎日メールが来る。」

図 13.16: パープル・レイク。地層の関係で紫色を帯びている

図 13.17: キャンプ地、いつの間にかテント禁止地区になっていた。

ジェイムズさんのメールが来た。

「昨日、シックスティ・レイクズ・ベイズンが素晴らしかったよ。今日の午後は (シャーロット・レイクのジャンクションで) リサプライの受け取りだ。… ところで、ヨセミテにいくことにしたのか。」

「いや、ヨセミテには行かない。トゥアルムで止めにするよ。それからマーセドかビショップに行く。我が奥様によると、日曜日にはランカスターに行けないという。ちょっと自分の情報と違う。もう一度、エスタ・バスのスケジュールをチェックしてもらう。」

翌日、7 時に出発した。すぐに図 13.18 という新しい看板に気づいた。いつの間にか、パープル・レイクの末端もキャンプ禁止になったようだ。人が少ないのもそのせいかもしれない。姿を消した一人のハイカーは、筆者と同じく、不法キャンプをしていたので、すぐに逃げたのだろう。こちらもさっさと逃げることにしよう。

図 13.18: ダック・レイクの南は昔からキャンプ禁止だったが、パープル・レイクの南も禁止になっていた。

 

パープル・レイクからレッズ・メドウ

パープル・レイクからダック・レイクの下流部は 2 時間ほどの距離である。途中に水がないので、キャンプはできない。特に今年は完全にドライである。

パープル・レイクから山の斜面に出ていく。残念ながら、方向転換する場所までは緩い登りで、時間がかかる。その代わり、この転換点近くからは今まで歩いてきたシルバー・パスが見える。図 13.19 である。切り取られて岩肌が荒々しい三角形の山がシルバー・パス近くの山である。山の左の低い場所がパスである。パスを越えるごとに違った世界に入っていく。

図 13.19: シルバー・パスは三角形の高い山の左。

ダック・パス分岐は 9 時着。地形図からはトレイルは水平に見えるが、実際は登りと下りで、2 時間程度はやむを得ない。途中にメドウは二つばかりあるが、水は見当たらなかった。分岐から10 m ほど先に小川がある。確認していみると、ここは涸れていなかった。ここからダック・レイクに行き、マンモス・レイクスに脱出するルートは景色も良いし、推奨できるので、後で説明する。

ダック・パス分岐から JMT を行くと、すぐにスイッチバックが始まり、高度を落とす。実は最初のスイッチバックの場所に良いサイトがあり、三度、テントを張ったことがある。
スイッチバックを下りきると、ダック・レイクから流れ落ちる小川を渡る。ここには太い丸太の橋がかかっている。もちろん、水量が少ないので、徒渉の方が安全である。キャンプ・サイトは徒渉の前の左の丘の上や徒渉してからの木の陰などにある。このダック・レイクの小川の流域は比較的平坦なので、キャンプ・サイトが多い。

ダック・レイクの下流域からおよそ 3 時間、ディア・クリークまでが JMT で二番目の水のない区間である。南向き JMT なら登りが続くので、真夏なら苦しい思いをするだろう。北向きであれば下りで、歩きやすい。 11 時、中間地点に届かない場所で早めのランチとした。ちょっとしたメドウがあったからである。

ジェイムズさんからメールが来た。

「グレン・パスを越えた。」

「それは素晴らしい。ビショップに行くことにした。エスタ・バスは日曜日も走っている。ロスには 8 月 25 日に行く。」

ジェイムズさんには素晴らしい丈夫な息子がいるので、ジャンクションで昼寝をしていれば、リサプライを届けてくれるらしい。千恵子がエスタ・バスのスケジュールを調べ直すと、日曜日に走っていた。それで日曜日にロスに移動し、都ホテルは一泊に変更してもらった。ガーミンの inReach機器を持っていると、こういう連絡が簡単にできる。

ランチは終了。地形は緩やかになっていく。標高が下がるので、景色も見えない。ディア・クリークが近づくと、低い丘の上を歩く。図 13.20 のような特徴的な地形である。ここから 30 分以上歩いて、ようやくメドウが現れ、ディア・クリークに到着する。図 13.21 と図 13.22 である。

ディア・クリークは小川なので、徒渉はいつも簡単である。ここでサンダルを拾ったこともある。自分の物にしようと持って歩いたが、一流メーカー品なのに歩きにくい。それで、このサンダルはアグニュー・メドウのゴミ箱の上に置いてきた。また、誰かが拾って使うかもしれない。

図 13.20: ディア・クリークまで 30 分ほどの場 所。

図 13.21: ディア・クリーク近くのメドウ。

図 13.22: ディア・クリーク

図 13.23: ロジャー・ワイルドとダン・クローチ。ディア・クリークのキャンプサイトで。2009 年撮影。

ディア・クリークを渡ると、下流流域にキャンプ・サイトがいろいろある。古い話だが、2009 年にハイカー二人と知り合いになった。写真の左がロジャー、右がダンで、作家 (Writer) と言っていた。

南向きJMT だったので、レッド・コーンズの近くから一緒に歩いた。ダンが「ガス欠 (アウト・オフ・ガス)」と言って、いきなり傍の岩に腰掛けてしまった。ちょうど、サムという岩山 (図 13.24) が見える場所である。ロジャーが「あれがサム (親指) だ。」と説明してれた。

実は、「サム」という名前は地図に記載されていない。ローカルな呼び名かもしれない。また、印象的だったのは、英語で「ガス」は気体のガスではなく、液体のガソリンなのだが、日本語でも「ガス」はガソリンの意味のまま翻訳されていることだ。

ディア・クリークにテントを張ってからロジャーは

「ちょっと行ってくるわ。」

と、首に標識のような物をぶら下げて、釣り竿を持ってディア・クリークの上流に入っていった。VVR でフィッシュ・ポリースを見たように、許可証を見える所にぶら下げるのがルールなのだろう。

ロジャーは 10 分もしないで帰ってきた。そしてトラウトをフライパンで焼き始めた。それが図 13.23 である。

ロジャーはこうして骨を外すんだよと、焼きあがったトラウトを軽く揉んで頭から骨を引き抜いた。そして、一尾、筆者にくれた。一応、お礼に日本の乾燥野菜パックをあげた。

焚火を囲んで話が弾んだが、残念ながら筆者はアメリカが初めてで、会話があまりできなかった。テーマはレモンとホタテの貿易の話だった。日米貿易の知識も皆無なので、なかなか理解できなかった。

トレイルはディア・クリークを離れると、今度はクレーター・クリークの流れに沿って緩やかに下っていく。サムが見える場所は平らな砂状の丘が広がっている場所で、どこでもキャンプが可能である。しずかに一人でキャンプする場合は、ディア・メドウのキャンプ・サイトを外しても問題がない。実際に何度もキャンプした。

図 13.24: サム (親指)

3 時近く、クレーター・メドウに到着した。トレイルは川を少し離れるが、すぐに戻ってくる。最後に幅 1m ほどの徒渉がある。

この辺りでは、キウィ(ニュー人ランド人) たちと会った。今年はまったくキウィとは会わない。写真を取り忘れたようで、2018 年にセンター・ベイズン (マザー・パスの北) で会ったキウィ達を図 13.25 に示す。

図 13.25: 屈強なキウィたち。2018 年撮影。

見て分かるように、ボディビルダーのような屈強な体格である。アーンのフロント・パックを装備しているのも特徴である。アメリカ人ハイカーと見た目が全然違う。JMT はウルトラライトが主流だという間違った話が日本で信じられているが、JMT をウルトラライトで歩くのは、そういう話を信じた日本人くらいである。

狭い谷を抜けると、レッド・コーンズが一つ見えてくる。図 13.26 である。登頂は簡単だが、この先のスイッチバックから見える景色とあまり変わらない。それで一度しか登っていない。

図 13.26: 南のレッド・コーン

このレッド・コーンの裾野を回り込んでいくと、キャンプ・サイトになる。この先はレッズ・メドウまで、よいサイトがない。スイッチバックを下りて川の水を口に含んだことがあるが、火山性の湧き水で、硫黄の味がした。したがって、浄水不可能である。

レッド・コーンズには午後4時に到着したが、この先に進んでも良いサイトかない。仕方がないのでテントを張った。それが図 13.27 である。一人で気持ちよくテントのはずが、他も 2 名ほど来た。一人はレッドコーンの斜面の遠い場所、もう一人は小川の傍で、中国系の女性で、派手な服装をしていた。レッド・コーンズから入った、初めてのキャンプという。あまり相性が良くなかったので、少し話しただけで、近づかなかった。今日は鯖缶定食とした。

図 13.27: レッド・コーンズのキャンプ・サイト

夜は温かく、テント内は 7 ℃までしか下がらなかった。よく寝て、7 時ごろ出発、ルーティン・ワークのスイッチバックを下る。最初は川沿いのトレイルで、それからスイッチバックは東に大きく移動していく。かなり下の方のスイッチバックが図 13.28 である。

図 13.28: レッド・コーンズからのスイッチバック

このスイッチバックにはちょっとした思い出がある。たぶん、2016 年と思うが、図 13.29 のような女性と会った。二度目で、最初に会ったのはマウント・ウィットニーの下りである。カメラマンが一緒だったので、少ししか話をしなかった。で、二度目にどんな話をしたかというと、

図 13.29: ここでこんな人と会った。JMT には希にすごい美人が現れ る。パブリック・ドメインの写真。

「あら、どうしているんですか。」

「いや、ひどいもんだ。スタイラス・ペンを落として、探しているんだ。この辺に落としたんだ。なかなか見つからない。」

というつまらない話をした。この時はアメリカに着くと同時にスタイラス・ペンを紛失し、10 ドルくらいでペンを買いなおし、再び、失った。何故か、絶世の美人とは相性が悪い。近所に住んでいる女の子という感覚で、ペラペラとどうでもよいことを話すだけだ。困ったものだ。この女性はニュージーランドからで何人かのグループで来ていた。案の定、これで会うのは最後となった。この女性の写真は撮っていないし、メルアドも聞いていない。スタイラス・ペンも見つからなかった。

レッズ・メドウは一度燃えて焼野原になった。その後、ルピナスなどの草花が復活し、現在、低い木が茂りはじめた。そのうちに背の高いパイン・ツリーに変化していく。アメリカの自然はこのようにして数十年で循環していく。自然の営みの一つである。

図 13.30: レッズ・メドウ。遠くにミナレッツの山々。

さて、レッズ・メドウのパック・ステーションは図 13.31 である。この近くのトレイルは馬が歩き回っているので、ほぼ完全な砂地で、馬糞がよくブレンドされている。馬とすれ違う時は遠くに離れて、埃を吸い込まないようにしよう。

図 13.31: レッズ・メドウのパックステーション。リサプライの サービスをやっている。

レッズ・メドウに着いたのは 8 時 40 分だった。売店を見るが、すかすかで何も買う物がない。いつもならソーセージなど生ものもあるが、何もない。プロバーがあったので、4 本買った。

隣のミュール (ロバ)・カフェに入ろうとするが、ドアが締まっていた。ガタガタと押すと叱られた。そっちだと、窓口を差した。窓口で注文せよという。

朝なので、朝食メニューしかない。店内には入れてもらえない。外で食べろという。ワンパタンでブリトーを注文した。それが図 13.32 で ある。レストラン風に紙で捲いてあるのが違う程度である。以前はコーヒーのお代わりをいくらでもしてくれたが、何もなかった。

図 13.32: ミュール・カフェのブリトー。

食べた後、ハイカー・ボックスがどこかにあるはずと探した。バケツがあった。その中にエナジー・バーが2本あったので頂いた。それを見ていたハイカーが
「食べ物がないのか?」と聞いてきた。

「いや、たくさん持っているよ。これは趣味なんだ。」

と返事した。どうも食べ物を買うお金もない貧乏ハイカーに見えたらしい。

9 時過ぎに出発することにした。千恵子に定期連絡した。

「レッズ・メドウだけど、手元の SIM では圏外。せっかくだからブリトーとコーヒー食べていく。お菓子は購入して、少し拾った。予定ギリギリだけど、大丈夫。今日はミナレット手前までの予定。」

ミナレット・レイクからアイスバーグ・レイクの東をクロス・カントリーする予定だが、未知のルートである。さて、どうなるだろうか。

ダック・レイクからマンモス・レイクス

ダック・レイクからマンモス・レイクスは一泊二日ほどの距離で、2018年と 2022 年に脱出ルートして使った。景色の良いルートで、ダック・パスのパーミットを取ってここから入るのもよい。

JMT の中間地点で、北向でも南向きでも歩ける。間違える人が多いが、マンモス・レイクスは町の名前で、マンモス・レイクスという湖はない。町の西南部には多くの綺麗な湖がある。有名な湖はツイン・レイクス(図 13.38)、レイク・メアリー (図 13.37)、レイク・ジョージ(図 13.39)、ホースシュー・レイク( 13.40) だろう。レイク・メアリーの南にはダック・パス・トレイルヘッド、ホースシュー・レイクの西にはレッド・コーンズ・トレイルヘッドがある。マンモス・レイクスから各湖へは無料のバス (図 13.41) がある。

JMT とのジャンクションからダック・パスの方向に向かう。少し狭いトレイルで、短いスイッチバックで高度を稼ぐ。見晴らしが良くなった場所がダック・レイクから流れ落ちる川である。少し平地があり、キャンプしたくなるが、キャンプ禁止区域である。この近くから写したのが図 13.33である。

小川を渡るとトレイルは斜面を横切っていく。対岸の山が見えて綺麗だが、トレイル沿いにはよいキャンプ・サイトがない。斜面をゆっくりと登っていくだけだからだ。キャンプするとすれば、そばのピカ・レイクか、そこに向かうトレイルの傍である。

ダック・パスの北側の景色は図 13.34 である。すぐ傍のバーニー・レイクでもキャンプできる。遠くに見えるのはマンモス・レイクスの山である。ダック・レイクまではデイ・ハイカーが多い。トレイル・ヘッドのレイク・メアリーにカー・キャンプ場があるので、そこからのハイカーだろう。午後、ダック・パスを歩くと、大勢の人と会った。すべて帰る人である。それで静かなサイトを探した。良さそうな場所が図 13.35 のスケルトン・レイクである。写真はサイト近くからの風景で、トレイルは写真の左側である。それで湖で休憩する人とも距離が保てる。キャンプは図 13.36である。ここは携帯電話の圏内で、便利がよい。

スケルトン・レイクから西にはアロウヘッド・レイクがある。ここは低い場所にあり、急角度で下りる必要がある。それでキャンプ・サイトは確認していない。

トレイル・ヘッドはスケルトン・レイクから一時間ほど、さらに一時間ほどでレイク・メアリーに着く。一番近いバス停は湖岸を東に歩いて数分の場所にある。

図 13.33: ダック・レイク。2018 年撮影

図 13.34: ダック・パスの北。バーニィ・レイク。2022 年撮影

図 13.35: スケルトン・レイク。2018 年撮影

図 13.36: スケルトン・レイクでキャンプ。2022 年撮影

図 13.37: レイク・メアリー。2022 年撮影。

図 13.38: ロウアー・ツイン・レイクス。2024 年撮影。

図 13.39: レイク・ジョージ。2024 年撮影。

図 13.40: ホースシュー・レイク。

図 13.41: マンモス・レイクスの無料バス。2018 年撮影。

<第14章へ続く>

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国立大学元教授であると同時に『ハイキング・ハンドブック(新曜社)』や『米国ハイキング大全(エイ出版)』など独自深い科学的見地から合理的なソロ・ハイキング・ノウハウを発信し続ける経験豊富なスルーハイカーでもある村上宣寛氏の新著『ハイキングの科学』が、Amazonにて絶賛発売中です。日本のロングトレイル黎明期からこれまで積み重ねてきた氏の経験と、ハイキングや運動生理学をはじめあらゆる分野の学術論文など客観的な資料に基づいた、論理的で魅力たっぷりの、まったく新しいハイキングの教科書をぜひ手に取ってみてください。

村上 宣寛

1950年生まれ。元富山大学名誉教授。専門は教育心理学、教育測定学。アウトドア関連の著作は『野宿大全』(三一書房)、『アウトドア道具考 バックパッキングの世界』(春秋社)、『ハイキングハンドブック』(新曜社)など。心理学関係では『心理テストはウソでした』(日経BP社)、『心理学で何が分かるか』、『あざむかれる知性』(筑摩書房)など。近著に、グレイシャー、ジョン・ミューア・トレイル、ウィンズといった数々のアメリカのロングトレイルを毎年長期にわたりハイキングしてきた著者のノウハウ等をまとめた『アメリカハイキング入門』『ハイキングの科学』(アマゾン)がある。

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