Over View
その昔、登山用ザックのカテゴリはシンプルだった。それはせいぜい「小型」か「大型」かくらいのもので、僕らは容量さえ間違わなければ、あとはどのメーカーにするかを考えれば良かった。しかし今は違う。自分に適したザックを選ぶためには、容量という1つの基準だけでなく、自分がどんな山に登るのか、どんな登山スタイルで登りたいのかという目的を考慮することがむしろ重要になった。山道具の店の壁一面にぎっしりと並べられた、色形の微妙に違うあれやこれやのザックを目の前にすると、この中から最も自分に適したザックなど見つけられるのか途方に暮れるだろう。そんな人々には朗報だ。これからレビューするArc’teryx ALPHA FL 30は、特定の目的に利用するのであれば唯一無二の非常に優秀なザックだ。ただそれだけにクセのあるザックとも言える。おそらくはじめて山登りをはじめる人がこのザックを買おうとしたら、僕は全力で止めるだろう。でも登山経験が少しでもある、山道具にこだわりを持ち始めたと分るや否や、その人に全力でこのザックを試してみることをお勧めしたい。そのくらいに素晴らしいのだ。極端なその割り切り、コンセプトに特化した潔さと、そぎ落として生まれるシンプルな美しいデザイン。これからこのザックの魅力と注意点について存分に話していくことにしたい。
詳細Review
はじめに基本的なところを押さえておくことにしよう。Arc’teryx ALPHA FL 30は、一般的なハイキング用ではなく、クライミングや高山登りにフォーカスされたザックとしてラインナップされている。ではクライミング向けザックに求められるのは何か。それはまず厳しいシチュエーションで少しでも動きを制約しないような「軽さ」と、狭い岩の間や、ときにはザックを引き釣り上げたりしても壊れにくい「引き裂き・摩耗に対する耐久性」、そしてアプローチでも疲れにくく、アタック中さまざまな動きをしても重心がにくい「快適さ・動きやすさ・背負いやすさ」、最後にテクニカルな装備を無駄なくパッキングできるか等の「機能性」である。一方、通常のハイキングでザックを選ぶ際には、どれだけいろいろなスタイルの山登り(期間・容量・登り方)に対応できるかという「汎用性」、そして長時間背負っても疲れにくいように完璧に身体にフィットさせる為の「調整力」、初心者から玄人でも扱いやすいかという「使い易さ」の項目も考慮する必要がある。今回のレビューではそれらすべての項目で評価をしたうえで、クライミング・アタックザックとしての評価とそれ以外の使い方での評価を両方確かめてみたい。
重量
小型軽量ザックを利用するシーンを考えてみると、日帰りや長くても1泊程度の荷物しかない。すると当然荷物の数も少ないため、それだけ荷物の中身を軽量化するのも長期山行に比べると難しくなる。このため、実はザック自体の重さが軽いということは、じつはとんでもないアドバンテージになる。
そこでこのザックの重量であるが、575gという重量を想像してみて欲しい、それはちょうど最近の増量されたお茶のペットボトルの重さそのもの。このザックを背負うまでいくら小さくても重さ1Kg以下のザックを使ったことのなかった僕は、正直この重さがこれほどのインパクトを持っているとはまったく予想できなかった。通常登山向けのザックは、肩ではなく腰で背負うことが長時間疲れず歩くための基本だ。そう信じて疑わなかったからこそ、はじめこのザックを見たとき、腰ベルトの貧弱さに不安は隠せなかった。しかし実際のところは何度もこのザックを背負って山を歩いたが、一度も肩の疲れを感じたことはない(むしろ腰で背負っていたときには腰骨のあたりを痛めていたときすらある)。とにかく、ザックの重量については文句の付けようがない。
耐久性
ザックの耐久性を決めるポイントは大きく2つある。1つはザックの生地。Arc’teryx ALPHA FL 30のメイン収納部分の生地であるN400r-AC2 nylon 6 ripstopはArc’teryx独自の軽量・耐久・防水生地。高デニールでしっかりした生地に、縫い目もシームテープで加工されているため、ほぼ完全な防水を実現していながら、驚くほど軽量である。クライミングに使用するために必要耐摩耗性も十分備えている。正直言って、弱点が見つからない。
もう1つはザックの縫製や外部アタッチメントなどの壊れにくさだが、このザック、そもそも外部のテープやベルト、アタッチメントが極端に少ない。故に壊れる可能性も他のザックに比べて少ないのである。もちろん、その数少ない縫製・外部アタッチメントも不安な部分はまったく見られない。
快適性
一般的に小型軽量ザックは長期山行向けの大型ザックと違い、背面のパッドやフレーム、クッションやパッド、調整機構は省略されがちで、このザックも背面は板状のパッドのみ、ショルダーストラップは腰部分の長さが調節できるのみ、腰ベルトはテープベルトのみと、非常に貧弱である。背面のメッシュ構造や、最近の流行である背中部分に隙間が空いているベンチレーションを考慮した構造などでないため、最近の一般的な登山用ザックと比較してしまうと、背負ったときの快適性は我慢しなければならないと、一見、思われる。確かに、人によってはそう感じるかも知れない。しかしこのレビューで確認できた限りでは、この軽快さが得られれば、これで十分なのだ。背面のパッドも思ったよりもしっかりしているし、ショルダーストラップもこの軽さならばこの程度のクッションで十分、腰ベルトはほとんど必要ない。
汎用性
ザックによっては、登山スタイルによってさまざまな部分が取り外し可能であったりする。しかしこのザックにはそれは期待できない。極限までそぎ落としているため、何も付け足すことも、削ることもできないのだ。これがもっとカスタマイズ可能な汎用性をもったザックであったならば、何も言うことは無いだろう。
機能性
Arc’teryx ALPHA FL 30は岩・雪のクライミングに特化し、余計な部分を極限までそぎ落としたザックであり、その特徴はさまざまな部分に現れている。まず天蓋がなく、トップはArc’teryx が発明したと言われる防水ロールトップ(現在の防水スタッフバックでは主流となっている)の口になっており、その口をさらに上からバックルで圧縮・固定する方式(そのバックルにザイルやアイゼンなどを固定することができる)。そして収納部分はメイン収納の他にはキークリップ付のジッパーポケットがあるのみ。さらに外部アタッチメントは正面にアイスアックス等を取り付けられるループが付いているのみ。これを必要十分とみるかどうかはどういう目的でこのザックを使用するかによると思われるが、通常の山歩きでも必要最低限の機能は揃っていると考えられる。
使い易さ
ユーザーがザックに求める使い易さは人それぞれだが、おそらくこのザックを他のザックと比べて「使いやすい」という人はいないのではないだろうかと思う。それくらい、初心者でも簡単に扱えるような使い易さはきっぱりとそぎ落とされている。例えば収納部の口はトップのみで、下の方にパッキングした荷物を取り出すのは恐ろしく面倒。完全防水のザックなので、いわゆるハイドレーションのチューブが通る穴もない(防水を諦めてロールトップの口から出すしかない)。小さなポケット類もほぼ無いので、ウォーターボトルや食糧、地図類などすぐに取り出したい荷物を収納する場所もない。それらは自分で工夫するしか無いのだ。初心者には勧められない最大の理由がこれで、何度もパッキングに慣れている人、さらにこのザック以外のポーチやポケットなどを駆使して、ある程度自分のスタイルを確立している人にしかこのザックは扱いにくいに違いない。
調整力
長期山行向けの大型ザックにあるような、サイズ調整機能はほぼ無いと思っていただいて良いだろう。
採点表
項目 | 評価 |
---|---|
ブランド名 | Arc’teryx |
アイテム名 | ALPHA FL 30 |
参考価格 | 25,000円 |
長所 | 軽量・高耐久性・防水性・クライミングに特化した機能性 |
短所 | 汎用性・使い易さ・調整力 |
おすすめする使い方 |
|
重量 | ★★★★★ |
耐久性 | ★★★★★ |
快適性 | ★★★★☆ |
汎用性 | ★★☆☆☆ |
機能性 | ★★★★☆ |
使い易さ | ★★☆☆☆ |
調整力 | ★★☆☆☆ |
スペック表
項目 | 内容 |
---|---|
容量 | 23L(30L max) |
重量 | 575g |
背面パッド | Rigid, formed backpanel |
背面長調節 | 不可 |
生地 | N400r-AC2 nylon 6 ripstop N100mr-HT nylon 6.6 mini-ripstop (primary collar) N70r-HT nylon 6.6 ripstop (extension collar) HD-80 Foam Burly Double-Weave Hypercell Foam |
気室数 | 1 |
天蓋 | 無し |
開口部 | ロールトップ方式 |
ヒップハーネス | 4 cm webbing hipbelt |
キークリップ | ◯ |
ホイッスル | × |
ハイドレーション | × |
外部アタッチメント | アイスアックスループ×2 伸縮式アタッチメント |
その他特徴 | キークリップ付ジッパーポケット |