例えば北アルプスのテント泊縦走のように、時には険しい岩場を通過しながら重い荷物を背負って長く歩くルートでは、タフな地形と重さに耐えられる本格的な登山靴の出番です。
「グランドキング」シリーズは、国内登山靴ブランドのキャラバンが手掛ける、テクニカルで過酷な登山に対応するハイパフォーマンス・マウンテンブーツ。今回はその中の一足「GK88」をじっくり試す機会を得たので、これまで履いてきたブーツとの違いを交えながらさまざまな角度からレビューしてみたいと思います。
キャラバンというと先日当サイトでもレビューした「C1_02S(通称:キャラバンシューズ)」を通じて馴染みのある人も多いかもしれませんが、この「グランドキング」となると、やはり老舗メーカーの高山縦走向けモデルとあって、読者の方々にとってはどんなブーツなのか、すぐにピンと来る人は少ないかもしれません。
しかし約1ヶ月間これらのブーツで奥秩父や那須岳などを歩いてみて分かったのは、その無骨な外観からは想像できない、しなやかで歩きやすい履き心地の良さでした。一体どういうことなのか、何はともあれさっそくレビューしていきます。
目次
キャラバン グランドキング GK88の主な特徴
グランドキング GK88は、樹林帯からテクニカルな岩稜帯や長期の縦走まで、無雪期での幅広い登山に対応する快適さと安定性を兼ね備えた高機能マウンテンブーツ。アッパー構造は十分な補強による高い堅牢性や耐久性を備えながら、フィット感とホールド感を高めるために改良されたラスト、そしてストレスを軽減するシューレーシング構造などによって、快適な履き心地を実現しています。ハイカットでアキレス腱部分を浅くカットした足首周りのデザインは、高いサポート性を備えながらより自然な歩行を可能にしてくれます。剛性を損なわずに歩きやすにもこだわったミッドソールや、タフな地形でのブレーキ、踏み込み、登攀が考慮されたアウトソールは、不安定な地形を重荷で移動する際にも安心。トレッキングブーツの快適さや歩きやすさと、アルパインブーツのプロテクションや安定性を絶妙なバランスで融合した一足は、日本の無雪期におけるあらゆる高山や過酷な登山で活躍。手に取りやすい価格帯も大きな魅力です。
おすすめポイント
- 優れたフィット感とホールド感を提供するアッパー構造
- 強い衝撃や擦れに耐え得る耐久性の高さ
- 緩みにくく、微妙な締め具合を調節しやすいシューレース構造
- クッション性とサポート性、機動性を兼ね備えた足首周り
- グリップ力と耐久性を両立したアウトソール
- 微妙なサイズ調整を可能にしてくれる付属のハーフインソール
- 競合モデルと比べて驚くほど高いコストパフォーマンス
気になったポイント
- 用途や目的によっては、トレッキングブーツと本格アルパインブーツそれぞれの専門モデルに比べて「帯に短し襷に長し」となりかねない可能性もある(本格アルパインブーツとしてはやや柔らかく、低山用のトレッキングブーツとしてはややごつくて重い)
主なスペックと評価
項目 | キャラバン グランドキング GK88 |
---|---|
公式重量 | 約682g (26.0cm片足標準) |
アッパー |
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ミッドソール |
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アウトソール | ヴィブラムTSAVO(ミッドソール:EVA) |
防水透湿 | GORE-TEX |
税込販売価格 (2025/06/25現在) |
29,700円 |
Outdoor Gearzine評価 | |
フィット感&快適性 | ★★★★★ |
重量 | ★★★★☆ |
プロテクション&耐久性 | ★★★★★ |
グリップ | ★★★★☆ |
重荷歩行での歩きやすさ | ★★★★☆ |
クライミング適正 | ★★★☆☆ |
詳細レビュー
フィット感と快適性:本格的な登山靴ながら、柔らかく心地よいフィット感と確かなホールド感を両立
トレッキングシューズで難しいのは、どれだけ機能的に優れていたとしても、足に合っていなければ何の役にも立たないということ。このためどんなシューズを履くにせよ、まずは自分に合ったサイズ選びが何よりも重要です。
キャラバンシューズとは異なるサイズ感(実際のお店でフィッティングしてみること大事)
先日レビューしたキャラバンシューズ(C1_02S)では、いつも海外ブランドなどで選んでいるUS9(27.0cm)ではどうもガバガバする感覚があったので、ワンサイズ下げて(実際の足のサイズに近い)26.5cmをセレクト。その結果フィールドでもピッタリで、自分のサイズはキャラバンではいつもよりワンサイズ下げるのが正解だと思っていました。
ただ、念のためと今回のグランドキング(GK88)もお店でフィッティングしてみたところ、このモデルが従来の3Eラストをベースとしつつ、より立体的にフィット感を高めたデザインとなっていることもあって、前回のキャラバンシューズの時にピッタリだった26.5cmでは若干窮屈に感じられ、いつもの「27.0cm」でちょうどいいことが分かりました。
同じメーカーでもキャラバンシューズとグランドキングのように、モデルによってフィッティングが異なるといったことはよくあることで、このブランドは狭い・広いといった一般論で決めつけるのでなく、実際にお店でフィッティングして確かめることが重要だということがあらためて分かります。
締め付け過ぎないのに足全体を均等に包み込むような確かなホールド感
キャラバンシューズのような比較的軽量で適度に柔らかなトレッキングブーツと違い、アルプス縦走向けの堅固な登山靴はどうしても分厚く硬いアッパーによるぎこちない履き心地がネックとなるものですが、その点グランドキング GK88は、その見た目のゴツさとは裏腹に足入れした時の柔らかな肌当たりと、足全体にしっくりと寄り添う快適なフィット感にまず驚かされます。
従来の日本人に多いといわれている「幅広・甲高」気味の足型に優しい3Eラストがベースとなっていることから、基本的な履き心地はゆったりめ。ただGK88ではそのベースとなるラストに、つま先から甲にかけて、またアキレス腱周りの側面にかけてなどで立体的にフィット感を見直し微調整した、新たなラストデザインにすることで全体としてのフィット感がより高まり、締め付け感の無さと確かなホールド感を両立しています。
それは幅が狭めの靴にありがちな足の両脇を挟み込むようなホールド感ではなく、「足全体を包み込む」ように心地よくフィットして全体を固定してくれるイメージで、不自然な締め付けから足を開放してくれました。
母趾の空間を広げて足指が動く程度のゆとりが確保されていることも、これまた自分をはじめとした日本人に多いと言われているエジプト型(親指がもっとも長く、人差し指から小指にかけてなだらかなカーブを描く形状のつま先)の足にとてもやさしい設計。もちろん斜面を下っている最中もつま先が詰まるようなこともなく、快適に履き続けられます。
もちろん、このクラスの登山靴ともなれば、さすがに履いた初日くらいは多少の履き慣らしが必要ではありましたが、それ以降は履くごとにどんどん自分の足に馴染んでいき、擦れなども発生せずにすぐに歩いている際の違和感はなくなっていきます。約682g(26.0cm片足標準)という重量は十分及第点といえ、決して重すぎるということもありません。
絶妙なサイズ調整を可能にしてくれるハーフインソールが付属
キャラバンシューズと同じように、絶妙なサイズの微調節を可能にする「ハーフインソール」がGK88にも付属しています。左足が右足よりも1cm近く短い自分のような人間にとっては、右足に合わせたサイズを購入して左足だけにこのハーフインソールを挿入すると、左右でちょうどよい感触にフィッティング調節ができました。このきめ細かい気遣いが非常にありがたい。
クッション性とケガ防止、足首の動かしやすさが備わった安全で快適な足首周り
さらに素晴らしいのが足首周りの作り。まずシュータンや履き口の内側には、通気性が高く潤沢なクッションの入ったパッドによって肌当たりが非常に柔らかく、歩行中の擦れも皆無ですこぶる快適な履き心地です。
また細かい部分ですが、かかとの上部分にも丁寧にパッドが挿入されており、フィット感の高いヒールカップの立体形状と相まってかかとの絶妙な収まりの良さを実現しています。
足首部分のフォルムは前~側面にかけて十分な高さを保ちつつ、足首が屈曲する後ろ部分は大胆にカットされたデザインによって、足の自由な動きが妨げられません。ケガの危険のある横方向への屈曲はしっかりとガードしながら、前後方向への自由度は大げさではなくキャラバンシューズを履いている時とほとんど変わらないほど高いです。履いた時の心地よさと安全性だけでなく、歩行時の快適さもしっかりと配慮されています。
緩みにくく、快適な締め心地をセットしやすいシューレース構造
この絶妙なフィット感の良さを演出しているもう一つの要因と思われるのがシューレースシステムで、1本のシューレースで上下で2段階に締め具合を調節できる構造が、繊細なフィット感の調節に役立ちます。
まずつま先から甲にかけての下部は、シューホールが足に馴染みやすくフィット感も高いテープレーシング仕様。甲部分のフックによってロックすることで、前足部の締め具合をここで決めることができます。
そこから足首の深い部分まで締められるテープレーシングの孔があり、これが靴の中で足を正しいポジションに収めつつ柔軟に足首の動きをサポート。下りでも足が前につんのめることを防いでくれます。最上部の足首部分にはフック2つでしっかりとブーツ全体を固定するのですが、ここでの締め具合は下部の甲部分の締め具合にほとんど影響することはないので、例えば甲部分は幾分ゆとりをもたせて締めつつ足首部分をしっかりとキツメに、といった締め分けも可能になるわけです。
プロテクション&耐久性:強い衝撃や擦れにもしっかり耐えてくれる信頼性の高い補強
1.6㎜スエードレザーと、外周を広範囲に張り巡らされたラバー補強により、GK88は岩場での擦れや突き刺しに対してまったく心配ないほどのプロテクションを備えています。つま先にはアウトソールを先端部まで引き上げたトウバンパー構造によって衝撃も適度に吸収してくれるほどの手厚さです。
テストでは歩きながらつま先やかかと周りを何度も強く岩に当てたり擦ったりしましたが、今のところ汚れ以外は無傷の状態を保っており、これならば日本中のどれだけタフな山でも十分に耐えられる強度を備えているほどの安心感がありました。
一方でシュータンから足首周りにかけては丈夫な合成繊維にすることである程度の通気性も確保されており、そうしたバランス面もよく考えられています。
パフォーマンス:不安定な岩場ではブレにくく踏み込みやすく、さらに平地でも歩きやすさを損なわないバランスの良さ
アルプスをはじめとする2500mを超えるような岩稜帯を大荷物を担いで歩く場合、靴はできるだけ着地がブレずスリップしにくく、それでいて足取りはスムーズで歩きやすいことが理想です。ただ一昔前までならば、安定感と歩きやすさはいわばトレードオフの関係にならざるを得ず、そんな理想的なシューズはなかなか存在しなかったのが現実でした。
しかし道具の進化とはありがたいもので、今ではある程度それが克服されつつあるといえます。特にこのGK88では、その優れた安定性とサポート力の高さ、そして歩きやすさの絶妙なバランスの良さが、他のブーツと比べても強く印象に残りました。
テストで歩いたコースはいずれも最初にやや平坦な樹林帯で、土や木の根、小石交じりのオフロードでしたが、そうしたルートでもGK88は、重厚な外観とは裏腹に、足の裏や足首の動きに対して柔軟に反応してくれます。
ソールの硬さはキャラバンシューズと比べれば当然かなり硬めとなっていますが、それでもつま先立ちで体重をかければある程度は屈曲する程度に柔らかいため、着地から踏み込みまでのぎこちなさが少なく、このレベルの登山靴の中では非常に歩きやすい部類に入ると感じました(下写真)。
一方で稜線に出て大きな岩場のアップダウンを通過するときには凸凹に影響を受けない硬くて安定した足裏が欲しくなるのですが、その場合でもこのブーツの適度な剛性によってブレにくく滑りにくい足場を提供してくれました。もちろんGORE-TEXライナーによる足首までの高い防水性によって沢の渡渉や残雪でも心配はいりません(下写真)。
特に大きめの岩に足をかけたりするシーンでは、足首の曲げやすさが活きてきます。自由な足首の動きと柔軟かつ安定したソールのおかげでいずれも難なくやり過ごすことができました。
この「平坦な路面歩きも、岩稜帯の通過も」快適に歩行できるバランスの良さ、この汎用性の高さこそがこのブーツの真骨頂だと感じました。
ちなみにソールの硬さ的には、本格的なアルパインブーツやワンタッチアイゼン対応の冬用ブーツと比べればはっきり柔らかい部類に入りますので、岩稜帯の細かいホールドに立ち込む必要があるシビアなルートでは、よりアルパイン要素の強いモデルの方に分があります。その意味で、このブーツはトレッキングの延長線上としてのある岩稜帯歩きを快適に・スムーズにこなせるという点が何よりも魅力といえます。
この歩きやすさは、フィット感とフレキシビリティの高いアッパー構造、あるいはクッション性と剛性を兼ね備えた高密度EVAミッドソール、そして耐久性がありつつも粘着性に優れた滑りにくいヴィブラムアウトソールなど、それぞれの部位に施された機能が互いに連携しあうことで初めて可能であり、その意味でこのGK88はそのバランスの妙が素晴らしい。
日本の山域を考えたときに最も幅広くカバーできるような、快適性や歩行安定性どちらかに偏るのではないこのバランスの良さは、海外ブランドのブーツにはない魅力といえるのではないでしょうか。
まとめ:日本人の足と、日本の山岳をとことん考えているからこそできる「ちょうど良さ」がふんだんに詰め込まれた一足
GK88を試してみて感じるのは、多くの日本人の足が、できる限り幅広い日本のタフな山岳を最も快適に、最も安全に歩くために必要なデザインと機能を丁寧に積み上げた本格マウンテンブーツであるということです。一般的な本格アルパインブーツの強みと軽快なトレッキングブーツの強みをバランスよく融合し、タフな登山者からステップアップに挑戦するビギナーにまで幅広く応える一足でした。
夏の長期アルプス縦走を快適に過ごすことはもちろん、登山口の樹林帯から岩稜のピークまで幅広い地形を通過する日帰りの中級山岳でも非常にフィットすることは間違いなく、テクニカルな地形で安定性と歩きやすさを両立したいという人に最適です。
最後に忘れてはいけないのは、他ブランドの競合製品と比較しても驚くほど手に入れやすい価格です。もし自分が今学生山岳部だったとしたら、新入部員にはきっと「これ一択」と勧めている気がします。あるいはアルプスの本格縦走にチャレンジしたいけど、多くの新たに揃えなければならない装備があって、一つ一つにはあまり予算をかけられない、そんな人にとってこの一足は何よりも強い味方になってくれるに違いありません。