タフでシビアなシーンでの使用を想定した堅牢で耐久性の高い素材使い。
動きやすさとスタイリッシュさを兼ね備えた、工学的にもデザイン的にも優れた裁断・フォルム。
使いやすさを突き詰めた結果の合理的で無駄のない機能美。
どれもArc’teryx(アークテリクス)のプロダクトを語る上で外せない魅力です。お金には代えられない唯一無二の価値に魅せられた愛好者は世界中に数しれず。この決して歴史が古いわけではないカナダのアウトドア・ブランドは、ハーネスづくりに飽き足らず、クライミング・スキー・トレイルランニングとアクティビティの幅を広げながら次々と妥協ナシの独創的な製品を生み出していき、今やこの世界で「ホンモノ」を作る代表的なブランドのひとつと認知されるまでに成長していきました。
そんなアークテリクスからついに、というか、ようやくこの春リリースされたのが今回紹介する、長期間にわたるスルーハイキングやロングトレッキング向けの軽量バックパック、AERIOS(エアリオス)バックパックシリーズです。
普段からのウルトラライト・ハイカーやアークテリクスファンだけでなく、多くのアウトドア愛好家にとっても期待せずにはいられないこのバックパック。発売と同時に(当然)自腹で購入し奥多摩と長野の低山をあえて重荷でハイキングしてきましたので、早速レビューしていきます。
目次
Arc’teryx エアリオス 45 の主な特徴:
軽量かつ高強度・高耐久の液晶ポリマーリップストップとコーデュラナイロンを組み合わせた生地を採用しつつ、少ないパーツで最大限の収納性と使い勝手を実現した、丈夫で軽量なスルーハイキング・ロングトレッキング向けバックパック。メインコンパートメントは口が大きく開くロールトップ型で出し入れ容易。両サイドには特大のポケット、ショルダーハーネスにはボトル・フラスクやスマートフォンを収納できる大型のメッシュポケット、ウェストハーネスにも小物を収納できるメッシュポケットなど豊富な外部収納を備え、長期間の山行に必要な多くの荷物を効率的に収納可能です。またデイジーチェーンとバンジーコードによるシンプルな外部アタッチメントシステムにより、工夫次第で様々な形状のアイテムを効率的に運ぶことができるのも大きな魅力。極力少ない重量と軽装備での、テント泊を前提とした数日間にわたるロングハイキングを志向するスルーハイカーにとって最適なバックパックです。
おすすめポイント
- 軽量ながら優れた耐久性
- 形状安定性と通気性に優れた快適な背面パネル
- 最小限のパーツで工夫に富んだ多彩な収納類
- 工夫次第で自分なりにどんどんアレンジ可能な外部アタッチメント
気になるポイント
- 「ウルトラライト」というほど軽量ではない
- 荷物が12kgを超えてくると安定感と快適性に難が出てくる
- スターナム(チェスト)ストラップが緩みやすい
- サイドポケットの口が甘い
主なスペックと評価
スペック | |
---|---|
アイテム名 | Arc’teryx エアリオス 45 |
外寸 | 高さ:71cm、幅:37cm、奥行き:31cm |
容量 | 45リットル(他に15・30リットルモデルあり) |
重量 |
公式・実測ともに:1.09kg |
素材 |
|
女性向けモデル | あり |
サイズ/背面長 | 男性向け・女性向けともにRegular・Tall |
ハイドレーションスリーブ | ◯ |
メインアクセス | ロールトップ・サイドジッパー |
レインカバー | なし |
ポケット・アタッチメント |
|
評価 | |
快適性 | ★★★★☆ |
安定性 | ★★★☆☆ |
機動性 | ★★★☆☆ |
収納性 | ★★★★☆ |
機能性 | ★★★★★ |
耐久性 | ★★★★★ |
重量(容量あたり) | ★★★☆☆ |
詳細レビュー:スルーハイキング仕様で歩いてみた
今回チョイスした容量サイズは、もちろん45リットル。これはウルトラライトならテント泊前提で数日から1週間超えの長期山行も可能な、まさにスルーハイクを堪能するには十分な容量です。今回は時間的にガッツリと長期ルートを歩くことはできなかったため、荷物だけをスルーハイク仕様にして(下写真)、日帰りの登山繰り返し、重荷でのプランを想定しながら評価してみました。ちなみに重量は水・食料を入れて1回目約11kg、2回目約15kgでした。
クリーンで柔軟性の高い外観とフォルム
外観はいつものアークテリクスらしく、フロントのデイジーチェーンとバンジーコードのアタッチメント以外には余計な装飾の極力少ないクリーンな表面。背面は立体的なメッシュパネルやショルダーストラップのメッシュポケット、側面には大型のサイドポケットが見えます(下写真)。
なるほどと思ったのはそのフォルムの柔軟性です。写真では分かりにくいのですが、バックパックのメイン収納部分の形状は、実際には上にいくに従って底面積が広くなっていくような微妙な逆台形のフォルムをしています。それに加えて、両サイドにはたくさんの物が収納できる大きなポケット。
この「逆台形+左右大型ポケット」構造によって、メイン収納内に荷物を集中させればちょうど肩の後ろあたりの上部に重心を近づけることができ、縦走時に疲れにくく安定した荷重が可能になります。また一方で両サイドのポケットにも荷物を分散させれば、重心をより下部にもっていくことができ、その場合は鎖場など急な壁の通過時や、滝の通過が多い沢登りなどでより安定した行動を可能にします。状況やアクティビティに応じて柔軟にパッキングできることで、シンプルな構造ながら非常に適応性の高いパックとなっているわけです。
ある程度の軽さを犠牲にしてまでも守られた、文句なしの優れた耐久性
摩耗や引き裂きにめっぽう強い液晶ポリマーのリップストップ・グリッド繊維をコーデュラナイロンに組み込んだ210デニールのメイン生地は、直近の新作クライミング向けバックパック「アルファ AR バックパック」でも使用されてきた実績のある独自開発素材と同じタイプ。そこからより軽量に調整されたこの生地は、軽さと強度・コシの強さを兼ね備え、軽量なのに非常に安心感の高い素材です。
天候の比較的安定したアメリカ西海岸でのスルーハイキングを想定したウルトラライト系ギアでは、軽量化のために多少の耐久性は犠牲にしてもある程度は許容される面も無いとはいえませんでした。しかし雨が多く奥深いカナダ・コースト山脈という過酷な状況でも安心して使える「強さ」を守り続けてきたアークテリクスにとって、それは許されることではありません。彼らの軽量バックパックにとっては、単に軽いだけではなく、軽さと強度のバランスに優れたこの素材が不可欠だったのです。
ただブランドのラインナップの中では軽いとはいいつつも、45リットルサイズで1kgを超える重量は、3ケタグラム台が当たり前の超軽量バックパックの中で比較すると決して軽いとは言えません。そこに期待していたユーザーにとっては若干の肩透かし感は否めませんが、それでも岩場でも藪の中でも躊躇なくパックを押し付けられる安心感と「Durableでない軽さなんて意味はない」と言わんばかりのアークテリクス哲学は確かに感じられます。
形状安定性と通気性に優れた快適な背面パネル
背面パネルは容易に折り曲がらないしっかりとした樹脂製のフレームと高密度のフォームで構成され、表面には水を吸わない立体的なメッシュが当てられています(下写真)。これによって背中近くにしっかりと荷重が乗りつつ、背中との接触面には通気スペースを確保され、重い荷物や暑い季節に対しても素晴らしい快適性を提供してくれました。※パネルの取り外しは残念ながらほぼできないように思われます。
また面白いのは、バックパックを背中に近づけ重心をブレにくくするため肩口に配置されたショルダースタビライザーです。これが同グループの兄弟ブランドであるSALOMONのランニングシューズに採用されているクイックレースと同じ機構でした(下写真)。確かにこれだと締めやすく、緩みにくいので、ちょうどいいかも。
シンプルだけどカスタマイズ性抜群の多彩な収納類
軽く&シンプルであることが基本の軽量バックパックでは、小分けにパッキングできるようなポケット類はごくごく省かれているのが一般的でした。しかしそれはこのバックパックによって古い考え方とされてしまうかもしれません。重量を抑えながらも普通のバックパック以上に便利な収納を可能にしようとする、その見事なギミックの数々を見ていきましょう。
まずメイン収納は開けば出し入れしやすく、閉めれば防水性も高いロールトップ式(下写真)。
ロールトップ式は便利な反面、開閉の動作はやや面倒。しかしそこはサイドから直接メイン収納にアクセスできる長いジッパーを配置することで、しっかりとケアされています(下写真)。
そして見た目にもインパクト満点なのが両サイドに配置された深くて大きい特大のポケット(下写真)。飲料や行動食はもちろん、厚めの防寒着や雨具、テントや寝袋、その気になれば2リットルのペットボトルや折りたたみ式のスリーピングパッドなんかもすっぽりと収納・固定が可能です。おまけにメッシュではなくあえてメイン生地と同じナイロンのポケットにしたことで、メッシュポケットのように破れたり外から雨に濡れたりする心配はありません。
ポケットの口は上部のコンプレッションを兼ねた伸縮コードで締まるようになっており、使わないときにはしっかり閉めてダボつかずスリムにしておくことができます。
ただ、このコード、ある程度物が落ちたりぶれたりしないように固定はできるのですが、ピッタリ・ギッチリと締めることはできないため、誤って入れた物がこぼれ落ちることがありました。密閉性にはあまり信用しないで、自分で要所を補強するなりした方がいいでしょう(下写真)。
もう一つの大きな特徴は、フロントの「バンジー圧縮システム・ウェビングデイジーチェーン」による外部アタッチメントシステム(下写真)。すぐに取り出したい雨具や防寒着、軽くてかさばるアイテムなどを取り付けておくのはもちろん、濡れた雨具やテントフライなどを干しながら行動することもできます。
下部に取り付けられたトレッキングポールループと合わせて使えば、トレッキングポールも難なく固定可能(下写真)。
しかもこのバンジーコードはバックパックのサイドからフロント上部に張り巡らされており、荷物の量が少ないときには思い切りこのコードを絞って、バックパックのコンプレッションコードとしても使用可能でした(下写真)。
フロント左右にはデイジーチェーンが配置されているので、カラビナを通して荷物をぶら下げるもよし、ストラップを通して大きめの荷物を固定するもよし、ある程度経験と工夫が必要ではありますが、拡張性は十分です(下写真)。
パックを裏返すと、ショルダーストラップにも多くの便利な収納が配置されています。左右の大きく深いメッシュポケット+ジッパーメッシュポケットには500mlのペットボトルが収納できます。ソフトフラスクのような柔らかいものであれば、ドリンクに加えてスマートフォンも同時に収納可能です(下写真)。
こうしたフロントのショルダーポケットはトレイルランニングなどのランニング用パックから実用が増え、最近は軽量のハイキング向けバックパックにも多く備え付けられるようになってきましたが、非常にありがたい。
もちろん、一般的な登山用パックに付いている基本的なポケットやハイドレーションアタッチメント・チューブ孔などもきちんと付いているのでご安心を(下写真)。
そしてトドメとなるのは、オリジナルというわけではないですが、両脇腹あたりに配置されたトレッキングポールアタッチメントです(下写真)。腰と胸辺りにあるループを通せば左・右どちらでも脇差のようにポールをしまうことができます。いちいちザックを降ろさずとも両手が自由になるので、ちょっとした鎖場などには便利な機能です(やや取り付けにくいのが気になるけど・・)。
それでも気になった点:重荷での背負い心地と安定性
優れた快適性とよく考えられた収納・機能性で、全体としてよくできたバックパックであることは間違いないのですが、どうしても気になる点がなかったわけではありません。特に荷物が重くなればなるほどそれは顕著に現れました。
ウェストハーネスの頼りなさと安定性
重量が大きくなればなるほど腰にかかる荷重はより大きくなってきますが、それを支えるウェストハーネスの剛性とクッション性は、45リットルのバックパックにしては足りていないと感じます。しかもハーネスを固定しているのが腰の後ろ中心部分のみ(下写真)のためザックが左右にブレやすく、重荷になればなるほど重心がブレて快適性が著しく落ちていきます。
荷物が軽かったとしても、ファストパッキングのように動きが激しいアクティビティではブレやすさが気になりました。ハーネスの腰部分の両サイドに、バックパックを腰に引き寄せるストラップがついていればどれだけ快適で安定するだろうかと、この部分に関しては非常に悔やまれます。
スターナムストラップ(チェストストラップ)の緩みやすさ
また、胸に取り付けられたスターナムストラップも重荷になっていくと著しく緩みやすくなってしまいます。ここは(少なくとも45リットルサイズでは)細い伸縮コードの代わりにもう少ししっかりしたストラップであってくれれば、快適な背負心地を維持してくれていたでしょう。
まとめ:軽さ・強さ・収納性の高さをベースに、使い方次第でどこまでも便利になる拡張性の高さが魅力
全体的なイメージとしては、僕らにとってなじみの深い、いわゆる「超軽量・シンプル」な西海岸系のULバックパックというよりは、軽量かつ耐久性も兼ね備えたHyperlite Mountain Gear (HMG) のWindriderに近いものを感じました。湿潤な東海岸でのスルーハイキングを志向したHMGと、多雨で過酷なコースト山脈でのロングハイキングを想定したアークテリクスで同じ方向性の作りになるのは偶然ではないなのかもしれません。
軽量さと耐久性のバランスもさることながら、今回のモデルは何よりもフロントのベストポケットや両サイドの大型ポケット、そしてフロントのシンプルなデイジーチェーンを自分なりに工夫することで可能となる収納性と利便性の高さが、他のどの軽量バックパックにもない魅力であると感じました。
一方で軽さと背負心地の快適さに関しては、10キロ程度の荷物までならば良好であるものの、45リットルサイズに荷物を目一杯詰め込んで、12キロを超えるような重量になると快適な背負心地が損なわれることは留意しておく必要があります。行動速度についても、あくまでも長距離ハイキングがメインで、スピーディな動きの激しいアクティビティも要注意です(45リットルでやる人はいないかもしれませんが)。
一見シンプルに便利なこのバックパックは、もちろんそのままでちょうどよいという人もいるかも知れませんが、上記の注意を踏まえて自分なりにカスタマイズしていくことで、もっとより便利で愛着が感じられるものになっていくでしょう。
その意味で初めてのバックパックとしておすすめできるものでは決してありませんが、個人的には自分仕様に思い切りアレンジして、アップダウンもあり、岩場あり、荒れた細いトレイルもありといった日本国内のロングトレイルを長い距離・長い日数かけてじっくりと歩いてみたいバックパックです。
買ってそのまま快適!便利!というバックパックも珍しくない昨今ですが、古くから登山者やハイカーたちが行ってきた「道具を自分たちの使いやすいようにアレンジする」という、本来であれば当たり前の行為とその楽しさを味わってみるのも、たまにはいいのではないでしょうか。