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Garmin inReach® Mini のすすめ ~山に入るすべての人が知っておくべき革新的衛星通信デバイス~

インリーチとは

2018 年ガーミンはinReach Explorer®+ (以下Explorer +)inReach® Mini (以下Mini) を発売した。両方ともイリジウム衛星網を利用した位置情報付きの双方向メール・システムで、SOS 送信もできる。Explorer + は本体に地図表示が可能なので、独立したGPS としても利用できる。Mini は超軽量の衛星通信用デバイスである。共にスマートフォンとBluetooth 接続すると楽にメールが作成できる。また、Earthmate というアプリは独立したGPS アプリとしても利用可能である。

現在、ガーミンがinReach を販売しているが、元々、inReach はデローア(DeLorme) という会社の製品である。ガーミンが2016 年にデローアを買収した結果である。そのデローアの設立は1976 年と古く、アメリカの地形図の販売を行い、そのシェアは4割を超えていた。そして、2011 年にイリジウム衛星網を利用した双方向通信用デバイスを発売した。inReach のWeb サイトとガーミンのサイトのデザインが異なるのは、元来別物だからである。

2012 年の初め頃、inReach はアメリカのハイカーの間で話題になった。PCT※ のメーリングリストで議論された。ハイカーの安全のために理想的なデバイスに思えた。それで、筆者はinReach の第一世代機を2012 年に購入し、2016 年まで使った。その後、デローアのExplorer に切り替え、現在もこれを使っている。今回、Outdoor Gearzine からMini(写真1) を借用できたので、旧機種との比較を行いつつ、性能を確認したい。

※PCT:アメリカ西海岸の全長1,600キロにおよぶロングトレイル『パシフィック・クレスト・トレイル』の略。

目次

何ができるか

メッセージは、2018 年8 月からセキュリティの関係でFacebook のタイムラインに投稿できなくなった。ただ、MapShare のリンクをブログやFacebook のページに貼り付ければ、この問題はクリアできる。

はじめにやっておくこと

衛星通信契約

inReach Mini を購入後、イリジウム衛星通信契約を結ぶ必要がある。契約は、個人向けプランとプロフェッショナル向けプランがある。個人向けプランにはSafety(安全)、Recreation(レクレーション)、Expedition(遠征)、Extreme(極限) の4種類がある。ここでは個人向けのSafety プランを説明しよう。

Safety プランの料金内容は写真2 の左端の縦の列となる。テキスト・メッセージは10 件までは料金に含まれ、それを越えると1 メッセージあたり0.5ドルが課金される。天気予報の取得は1 つのメッセージとカウントされる。トラッキングは1 トラックあたり0.1 ドルとなる。これが年契約であれば月12 ドル、自由契約であれば月15 ドルとなる。自由契約は必要な時に一カ月単位で契約できるものであるが、契約変更時には25 ドルの料金がかかることがあるので慎重に考えよう。なお、プリセット・メッセージは無料なので、これを上手に使うと、意外に安く運用できる。

写真2: 衛星通信契約についてはこの図をしっかり見よう

ExploreGarmin.com のページ(写真3)に自分のアカウントを作成して、所定の選択を行えば、衛星通信契約が成立する。自分のinReach の環境設定も行うページなので、大切にしよう。このページのメインテナンスなどで、パソコンが必要である。スマートフォンだけではファームウェアのバージョンアップはできない。

写真3: ここで自分のアカウントを作成する。デバイスの環境設定に関わる大事なページである

Web で契約を済ませれば、機器のアクティベーションだ。これは簡単で、空が良く見える場所に行き、Mini の電源をON にしてしばらく待つだけでよい(写真4)。

写真4: アクティベートが完了すると、このような画面になり利用が可能となる。

Bluetoothによるペアリング

スマートフォンにEarthmate というアプリをインストールしよう。起動すると、地図が表示されるが、右上の縦の3 つのドットがメニューである。ここをクリックすると、Sync、Pair、Settings、Help というメニューが出る。このPair を選ぶ。一方、inReach では、Bluetooth をONにして、Pairing mode を選択する。しばらくすると、スマートフォンにペアリング可能なinReach のデバイスが表示される。承認のため、これをクリックすると、ペアリングが完了する。その途中が写真5 である。

写真5: inReach30620580 はinReach のデバイス名である。この名前をクリックすると、ペアリングが始まる

ペアリングすると、右上のメニュー内容が変化する(写真6)。Download を選び、地図をダウンロードしよう。基本地図はOpenStreetMap で、日本全体の地形図が一気にダウンロードされる。興味があれば、他の地図もダウンロードすると良い。

写真6: ペアリング後の右上メニュー

もう一つのメニューは左上のMap という言葉の三本の線である。ここをクリックすると、基本メニューが出る(写真7)。Log on すると、Map、Message、Tracking、Way-points、Routes、Compass、History、My inReach、Weather、SOS である。頻繁に使うのは、Map とMessage である。

写真7: 左上の基本メニューをタップしたところ

ファームウェア

パソコンとinReach をUSB ケーブルで接続し、inReachSync というソフトでファームウェアのバージョンアップを行う。この時に自分のアカウントとの同期も行われるので、プリセットした文章、連絡先などもinReach に転送される。このソフトの動作時の画像を写真8 に示す。

写真8: パソコンでファームウェアを最新状態に更新する

ファームウェアのバージョンアップは数カ月に一度行われるし、安定動作に不可欠なので、時々、チェックしてinReach Mini を最新の状態にしておこう。

次ページ:基本的な使い方へ

基本的な使い方

【編集部より追記】ここで説明する基本的な使い方の他に、より実践的な使い方について新しい記事を書きました。興味のある方は以下の記事も参考にしてください。

手の届く衛星通信デバイス Garmin inReach のハイキングでの実践的利用法 ~双方向メッセージング・Facebookとの連携方法など~

メールの作成

プリセット・メッセージ

プリセット・メッセージは2 年ほど前に無料になった。いくらでも送信できる。そこで、これを最大限活用した方がよいだろう。キーでメッセージを選択するので、メッセージ1、2、3 の順に手間がかかる。そこで、メッセージ1 に高頻度で使う内容、メッセージ2、3 に低頻度で使う内容とすると良い。通常の場合、三種類のプリセット・メッセージがあれば事足りる。

筆者の場合は、

とした。要するに、休憩、ランチ、テントだけである。1~2 時間に一度は休憩するので、その時にinReach Mini で現在地を送信しておく。万一、遭難してSOS 送信ができなくても、捜索範囲が狭いので、発見は早いだろう。設定例を写真9 に示す。

写真9: メッセージの設定例。自分のハイキング・スタイルに合わせてカスタマイズしよう

プリセット・メッセージは、Mapshare と複数のe-mail アドレスに同時配信される。英語版のWeb ページでは、Facebook の選択肢もあるが、トラブルを避けて日本版では削除したようだ。

クイック・テキスト・メッセージ

メールを受けて素速く返信したい場合、クイック・テキスト・メッセージが役に立つ。受けたメッセージに対してOK、Reply、そしてPick Quick Text を選ぶ。クイック・テキスト・メッセージを選んだ後は、Write Message で加筆し、Send で返信する。写真9 はデフォルトのサンプルである。これを自分なりにカスタマイズすると良い。

クイック・テキスト・メッセージの例を説明しておく。

ホテルによっては、携帯電話の圏外で、inReach Mini で返信せざるをえない場所がある。最初の文章はそんなケースだろう。二番、三番目は、ハイキング途上での使用が想定されている。返信は一つの有料メッセージなので、スマートフォンを持っているなら、落ち着いてEarthmate でメッセージを書いた方がよいだろう。実は筆者もいろいろメッセージは作っているが一度も使ったことがない。テントを張り、食事を済ませた後に、一つだけ有料メッセージを書くことにしている。

スマートフォンによるメッセージの作成

日本語の文字は利用可能だが、inReach では表示されず、判読不能になる。そこで、筆者はメッセージを英語で書いている。ローマ字は非常に読みにくいので、簡単な英語の方が好みである。160 文字と厳しい字数制限があるので、通じさえすればよい。夕食後に執筆するので、英語と言っても地名と時刻程度である。

筆者のアメリカから送信したサンプルを写真10 に示す。意味は「ミューア・パスで夕食、6:40 スタート、ラコンテ9:00、ビッグ・ペティ・メドウ9:40、雷と稲妻、ミューア・パス17:10、テント17:30」で、英語と言えるほどではない。このメッセージは数分以内に日本に届く。

写真10: Earthmate アプリによるメッセージ作成(再現)

日本語の利用

Explorer + やMini 本体では日本語が表示できない。Earthmate も日本語に対応していなかった。したがって筆者は簡単な英語で使ってきた。ところが、いつの間にか、Earthmate やガーミンのWeb サイトのアカウントが日本語対応となった。ガーミンのデバイスで表示されない点を除けば、一応は、日本語も利用可能である。

写真11: 日本語を入力した場合、ガーミンのinReach MINI には表示されない。その点だけを注意すれば使うことは可能である

写真11 は日本語のメッセージをスマートフォンのEarthmate で作成し、inReach Mini で送信した結果である。Earthmate には日本語が表示されているが、inReach Mini では表示されない。

地図(Mapshare)

Mapshare は地図上に自分のメッセージ、経度緯度位置情報などを表示するソフトウェアで、デローア社から引き継がれた。自分のアカウントのソーシャル・タブからFilter Mapshare Data(写真13) やConfigure Mapshare Setting(写真12) をクリックして、表示する期間やパスワードを設定し、ある程度のセキュリティ対策が行える。

写真12: Mapshare の環境設定。ここでは地図閲覧者がメッセージを送信できるオプションにチェックマークを入れた

写真13: 自分の現在位置の表示期間が設定できる。ただし、この機能はurl ではシェアできない

ただ、筆者が英文サイトを使っているためか、Web ページのバグか不明だが、表示期間のフィルタリングを行っても、Mapshare のurl をシェアすると、フィルタがOFF になってしまう。そこで、このurl の名前を変更している。そうすると、それ以前の現在位置は表示されない。

地図を見た人が返信できるようにするには、写真12 のように、オプションにチェックマークを入れる。契約によるが、メールの受信には0.5 ドルの費用がかかるので、その点は留意しておこう。

Mapshare を返信可能なオプションとして設定し、友人とシェアすると、写真14-a のような画像が共有される。中央の自分の現在位置の詳細表示をクリックすると、緯度、経度、高度、移動速度などの情報が添付される。

写真14-a: シェアされた位置情報。詳細表示をクリックすると、緯度、経度、高度、移動速度などの情報が現れる

吹き出しをクリックするとメッセージの作成ウィンドウが表示され、友人はここにメッセージを書き込んで、送信できる(写真14-b)。この返信は、携帯電波の通じない山の中でも受信でき、inReach Mini やペアにしたスマートフォンで読むことができる。

写真14-b: 返信オプションにチェックマークを入れ、地図上のメッセージをクリックすると、返信用ウィンドウが現れる

Facebook での利用

特定の友人のみにMapshare を公開するには、Facebook のタイムラインにMap-share のurl をコピーし、その投稿のプライバシーを設定しておけばよい。もう一つの方法は、自分の位置情報を示す非公開のページを作成し、メンバーのみが閲覧できるようにすればよい。写真15 が筆者のサンプルである。この場合、Mapshareは公開設定で良い。

次ページ:inReach Miniのメニューへ

電源をON にしてすぐ現れるデフォルト画面が写真16-a。そこで本体左のアップダウンのスクロール・キーを操作した時のメニューは次の順で現れる。

写真16-a

電源ON としてから本体右のOK ボタンを押した時に現れるメニューを示す。Send Preset が最初に現れる(写真16-b)。

写真16-b

どちらからスタートしても良いが、プリセット・メッセージを多用する場合は、電源ON、OK ボタンでのメニューだろう。

天気予報

インリーチは天気予報のサービスを始めた。予報は視覚的なアイコン、気温、降水確率が表示される。アウトドアでは便利である。ただし、結果は本体でのみ表示され、スマートフォンには転送されない。問い合わせた結果を写真17 に示す。応答時間は非常に速く、およそ一分後に受信した。

写真17: 現在地点での天気予報。ベーシック版で、1 メッセージとカウントされる。

inReach Mini のベーシック版の天気予報では二日間の天気、気温、降水確率が表示された。この時、初期設定を行っていなかったので、気温は華氏表示のままであった。プレミアム版は七日間、数時間間隔の天気、気温、降水確率が表示される。そして、自動的に1 ドルが課金される。

SOS送信

SOS ボタンは本体右下のカバーを開けると現れる。アメリカのハイカーが何度も誤ってSOS ボタンを押した経緯があり、その度にヘリコプターが出動した。それで簡単に押せないようになっている。

SOS 送信を行うには、このボタンを押し続けると、inReach Mini が緊急信号を発する。GEOS という国際的に救助活動を行っている組織が受信し、そこから確認のメールが送られる。その時に、本当に緊急事態であると返事する。

救助活動が行われるまで、inReach Mini はGPS 情報を送り続ける。SOS モードの時、本体の電源を切ることはできない。SOS 送信が必要でなくなった時、SOSをキャンセルするにはボタンを押し続け、Yes を選ぶ。すると、キャンセリングのメッセージが出力され、inReach Mini は通常モードに戻る。

SOSは最後の手段

SOS ボタンは最後の手段なので、絶体絶命の場合を除いて、押してはいけない。ヘリコプターによる救助は多額の費用がかかる。アメリカでは、簡単な事故でSOSボタンを押した例があり、その時には非難が集中した。筆者の記憶にある例を挙げておこう。

狭い渓谷ではGPS が機能しないこともある。そうすると、SOS を送信しても、位置情報がないので、救出まで時間がかかる。使用例に挙げたように、休憩の度に現在位置を送信しておきたい。そうすれば、捜索範囲がかなり狭まるので、GPS情報を送信できない場合でも救出される確率が大きくなる。

inReach MiniとExplorer(旧機種) との違い

写真18: スマートフォン、inReach MINI、inReach Explorer(旧機種)

inReach Mini と筆者所有のExplorer(旧機種) との大きな違いを説明する。現行のExplorer +(本体で地図表示可能) は知らないが、操作性は旧Explorer と類似していると思う。

Mini は超小型ではあるが、操作性は一般的に良好である。性能は旧Explorer とほぼ同等である。表示画面が小さいので少し慣れが必要である。一方、旧Explorerはメニューが平面に展開されて分かりやすい。また、電源ON の後、確認を求めるなど、用心深い設計である。

アメリカのハイカーは

アメリカのハイカーを観察しても、半数の人は何らかの衛星通信装置を身に付けている(写真19)。山では携帯電話は通じない。ハイカーも少ない。脚を折るなど、身動きできくなると、位置情報付きでSOS 送信ができなければ命はない。

写真19: 2017 年にジョン・ミューア・トレイルで会ったアメリカ人ハイカー。ショルダー・ベルトにExplorer + を取り付けていた

2018 年の夏のジョン・ミューア・トレイルでは、ヨセミテ方面の大規模な山火事で、ヨセミテ国立公園が一時閉鎖に追い込まれた。筆者は北向きJMT をやっていて、ヴァーミリオン・ヴァレイ・ヴィリッジに滞在し、特別にWiFi を使わせてもらったので、Facebook を初め、火災状況のニュースを逐次入手した。

しかし、他のアメリカ人ハイカーは電話やWiFi が使えず、まったく状況がつかめなかった。それで、火災状況を他のアメリカ人に伝えたが、あるグループのリーダーはinReach を持っているので、情報は掴めているということだった。ヨセミテの閉鎖が続いていた。筆者を含め、このグループも相前後してヨセミテは目指さず、ダック・レイクを経て、マンモスに脱出した。

このように、inReach Mini やExplorer +をSOS 送信装置ではなく、双方向メール・システムとみなしたい。携帯電話の届かないどんな山奥にいてもメールの送受信ができるので、情報収集などに活用できる。そして、きちんと情報収集を行えば、結局、遭難などの緊急事態が回避できる。そう考えれば、Safety プラン(12ドル/月、年契約) はあまりにも安いと思う。

次ページ:奥多摩での使用例へ

奥多摩での使用例

奥多摩の周回ルート(反時計回り) で筆者がどのように使っているか、例として示しておこう。トレース機能は有料だが、プリセット・メッセージはいくら送信しても無料なので、時々、自分の現在地を送信しながら歩く。なお、普通は三泊四日くらいだが、休息を込めて四泊で歩いた。

先に説明したように、筆者のプリセット・メッセージは、

である。これをL(ランチ)、R(休憩)、T(テント) と簡略化し、有料メッセージを$として、写真20 の地図上に記入しておく。

写真20: 奥多摩周回ルート、反時計回り

初日

inReach Mini のプリセット・メッセージは、鳩ノ巣駅からL、R、R、Tである。ランチの後、友人より、Have a good trip! (良い山旅を) を受信した。返事はしなかった。費用が0.5 ドルかかるためである。受信時には大きな警告音がなるので、すぐにinReach Mini 本体で内容が確認できる。

川苔山の水場で水を8 リッター確保し、近くの稜線でテントを張ったが、暗くなってしまった。雲がかなり湧いて、天気も悪かった。食事の後、一日の締めのメッセージを送信しようとしたが、GPS が収束せず、諦めた。雲が厚かったためだろう。

二日目

朝、天候が回復したので、一応、安心感のために有料メッセージを一つ送信した。内容は、

clear sky, slept for a long time, steak of the last night was delicious. I will start in 30 minuits.
天気良し、長時間眠った、昨晩のステーキは美味しかった、30 分くらいで出発する

であった。

この後のプリセット・メッセージは、R、R、R、L、R、R、T である。川苔山のピークで富士山を撮影し、蕎麦粒山でランチ、一杯水の水場を修理(パイプの外れの修復、パイプを岩での固定、石積みして水桶を水平に乗せるなど)、酉谷小屋着16:40 である。無人だったので、一泊お世話になった。締めの有料メッセージは、

Now, Toritani hut.no one here, started 7:30, Odori-daira 9:00, Mt.Sobatsubu, lunch, 11:00, Ippaimizu 13:30, here 16:40
今、酉谷小屋、誰もいない、7:30 スタート、踊平9:00、蕎麦粒山でランチ11:00、一杯水13:30、ここ16:40

であった。

酉谷小屋は急斜面に建っていて、空はあまり開けていない。プリセット・メッセージでも5 分ほど、有料メッセージの送信には10 分以上かかった。Mini のGPSは悪条件に弱い印象をもった。旧機種のExplorer でも少し時間はかかるが、10 分もかからない。

写真21: 休憩中にプリセット・メッセージを送信中のinReach MINI

三日目

天候、体調とも良くなったので、順調に歩く。プリセット・メッセージは、R、R、R、L、R、R、T であった。芋ノ木ドッケ近くでランチ、長沢背陵の起伏はすべて記憶にあり、難なく通過。雲取山キャンプ場14:30 着であった。天候は下り坂で、明るい内はスマートフォンが使えたが、夕方から圏外になった。夕食後のメッセージは、

Now Mt.Kumotori campsite: started 7:00, Mt.Nagasawa10:15, lunch 12:10, Mt.Imonoki-dokke 13:00, here 14:30
今、雲取山キャンプ場、7:00 スタート、長沢山10:15、ランチ12:10、芋ノ木ドッケ13:00、ここ14:30

であった。このメッセージの送信も手間取った。雲が湧くと、GPS の位置計算が遅れるようだ。

四日目

天候は曇り、風が強く、寒い一日だった。プリセット・メッセージは、R、R、Tであった。雲取山山頂は圏外、富士山は裾野しか見えず、モチベーションが低下、七つ石山から高丸山は巻き道を通った。昼頃に鷹ノ巣山のキャンプサイトにテントを設営した。締めの有料メッセージは、

Now Mt.Takanosu campsite: started 7:30, Mt.Kumotori, slight view of Fuji, Alternative trail of Mt.Nanatsuishiyama, here 11:50
今、鷹ノ巣山キャンプ場、7:30 スタート、富士山はわずかしか見えない、七つ石山は巻き道、ここ11:50。

巻き道の英語が思いつかず、もう一つの道としたが、さほど巻いていない道なので、そんなに悪くないようだ。水を8 リッター確保し、昼寝をして夕食後までテントで過ごした。ラジオによると、夜には雨が降るという。避難小屋には誰も泊まる人がいないので、テントを片付けて引っ越した。

写真22: 雲が消えるまで一時間待ったが、笠雲は残った

五日目

最終日は、鷹ノ巣山で富士山を撮影、その後は適当に下りるだけである。プリセット・メッセージはR、R、R、L、R であった。有料メッセージは不要だったが、天候が回復基調だった。それで、鷹ノ巣山で一時間待って富士山を撮影した。心配されるといけないので、

Waiting for a clear view of Mt.Fuji. cloudy, rained at night
富士山がきれいに見えるまで待機中、昨夜は雨だった

と送信した。石尾根を終えた所でランチ、ここからはスマホの圏内になる。奥多摩町近くでRを送信。無事に着いたことが確認できるようにした。

inReach Miniの使用感

100g という小さな筐体にイリジウム衛星通信装置とGPS 装置などを詰め込んだのがinReach Mini である。画面が小さく、表示も簡略化されている。GPS の性能はそれほど高く無い。

旧機種のExplorer であれば、GPS の位置計算が終了すれば3D という表示が現れる。イリジウム衛星を把握し、通信中であれば、双方向の⇅が表示される。そこで、少し待てば通信が終了すると理解できる。

しかし、inReach Mini ではメニューのLocation 画面に切り替えないとGPS の位置計算が終了したか分からない。また、トップの画面に戻らないとイリジウム衛星を把握したのか分からない。これが写真23 である。やはり不便である。

写真23: GPS の位置計算が終了し、イリジウム衛星と通信中の時は、曲がった上向きの矢印が表示される。しばらくすれば送信が成功する

GPS 機器は、三つ以上のGPS 衛星を把握して、そこからの電波のわずかな時間差を利用して、現在位置を計算し、その暫定的な位置を利用して、繰り返し計算して、誤差を減らしていく。この誤差が許容範囲となった時に現在位置が収束したと考える。

Mini 内蔵のGPS は晴天の時は素速く動作する。位置の誤差は1 メーター程度で非常に正確である。しかし、曇り、林の中などで位置計算の速度が大幅に低下する。GPS ユニットの感度がさほどでもないかもしれない。ともかく、正確な位置が算出できるまでは、位置計算を終了しようとしない。

実は、Map64s という独立型GPS も常に持ち歩いている。このGPS は非常に優秀で、電源ON から10~20 秒で現在位置を計算し、地図表示をする。林の中、電車やバスの中でも位置計算に成功する。ガーミンの独立型GPS は100~200 メーター程度の誤差があってもとりあえず現在位置を表示し、その後、1~2 分で誤差を修正して、誤差1 メーター程度まで押さえ込んでいくという戦略である。やや荒っぽいが、実用的である。

inReach Mini や旧Explorer は、GPS で正確な位置を割り出すまでは、位置計算が終了したとは見なさない。戦略というか、計算哲学の違いを感じる。不正確な位置情報を送信するのは好まないようだ。デローア社は二年ほど前にガーミン社に吸収されたが、デローア社が未だにガーミン社内部に独立して存在している印象を受けた。

Explorer +は地図表示可能であるが、GPS 性能や位置計算アルゴリズムなどからは、Garmin Map64s には遠く及ばないと推測する。Map 64s など独立型GPS には、GPSFileDepot(https://www.gpsledepot.com/) から世界中のフリーの地形図がダウンロード可能という利点もある。当分の間は、独立型GPS とinReach Miniの両方を利用した方が有利だろう。

GPSが収束しない時

GPS の位置計算が収束せず、メールが出せない時にどうするか。Mini がイリジウム衛星を把握している場合がほとんどなので、GPS を無視してメールを出すと良い。つまり、メールが何時まで経っても送信できない場合、スマートフォンはそのままにする。

  1. inReach Mini の電源をOFF にして、その後、ON にする。
  2. メッセージ送信中であれば、Wait for GPS とSend Anyway の選択メニューが出る。
  3. Send Anyway を選ぶ。

必要に応じて、この選択を行えば問題は解決する。メッセージが送信中であれば、スマートフォンをリセットしても、メッセージは失われない。筆者の経験ではスマートフォンでメッセージを作製する前にinReach の電源をON にしておく方が、送信の成功確率が増えるように思う。

どんな時に役立ったか

筆者が大いに役立った経験をいくつか説明しておこう。

浄水器が壊れた

2012 年8 月、ジョン・ミューア・トレイルをヨセミテから南向きに歩いていた時、ミューア・パスを過ぎてから浄水器のポンプが壊れた。アメリカの水はきれいではないし、生水が飲みたいし、非常に困った。幸いにして日本人ハイカーとしばらく一緒だったので、一日は浄水器を借用した。我が奥様とはビショップで待ち合わせ、合流する予定だった。そこで、inReach で浄水器を確保するように送信した。

ビショップには大きな登山用品店があるが、常に在庫があるという保証がない。到着までに浄水器を確保してもらった。この時は第一世代のinReach であった。この時、位置情報を無視して送信したので、筆者はアフリカにいたらしい。

カメラが壊れた

2015 年7 月、退職したので、2ヵ月間、パインデールに滞在し、ウィンズをハイキングした。二回目のハイキングに出かけた時、一眼レフのオートフォーカスが動作しなかった。マニュアル・フォーカスは可能だったが、不便だった。そこでinReach で日本の奥様に代替機種のカメラを送れとメールを入れた。二回目のハイキングを終えてホテルに帰った時には、もう一台の一眼レフが待っていた。

一回目のハイキングの後、たまたまヒッチハイクに成功して車に乗せてもらった。しかし、そこはウィンズ第一の悪路で、車の中で、身体が飛び跳ねる状態だった。この時にレンズのオートフォーカス部分が壊れ、カメラ本体も崩壊寸前で、しばらく後に動作しなくなった。ただ、代替機種のお陰でウィンズの絶景を多く撮せた。これも第一世代のinReach のお陰である。アメリカの地方都市にはカメラ店など何もないのが普通である。

筋断裂

2017 年8 月、ジョン・ミューア・トレイルを北向きに歩いていた。記録的に雪の多い年で、渡渉は避けて、クロスカントリーをかなりやった。そのためか、足の筋肉が疲労していたのだろう。小川を飛び越え、対岸の岩に着地した途端、左足に激痛が走った。後で知った所では、ふくらはぎの筋断裂であった。

まだ、マザー・パスの南で、ビショップまでは二泊三日の距離だった。そこで奥様と待ち合わせをして、ミュアー・パスを含むループ・トレイルを歩く予定だった。非常に困ったが、鎮痛剤を飲めば痛みがなくなり歩けた。inReach で足の負傷のため遅れると、連絡を入れた。結局、奥様がモーテルでの滞在を三日ほど延長してくれた。登りでは脚の力が入らず、一日遅れで、ビショップに到着した。

足に内出血があったので、ループ・トレイルは諦め、ビショップ・パスまでの二泊三日の往復ハイキングとした。なお、足は一週間ほどで回復し、ヨセミテまで歩いた。この時の使用機器はinReach Explorer で、現在も愛用中である。

SOS ボタンは押さなかった。筋断裂は一部の筋肉が切れているだけで、鎮痛剤を飲めば歩けるからである。アキレス腱断裂ならSOS もやむをえないだろう。

まとめると

inReach Mini のGPS は悪条件下でGPS の収束が遅いという欠点がある。しかし、天気が良ければ、位置情報は正確である。もし、GPS が収束しなくてもイリジウム衛星を利用した双方向通信はどこでも可能である。機器のコストは4万円程度、一年契約で運用すると月12 ドルである。重さは100 グラム。正直に言って使わない理由はないだろう。

inReach Mini のSOS ボタンは絶体絶命の時以外は押してはいけない。困った状況になれば、SOS ボタンによらずとも、知り合いにメールを送って、状況の打開を図ればよい。現状ではinReach の日本人ユーザーは非常に少ないので、筆者の経験と使い方を開示しておいた。

日本の山では行方不明で捜索に一週間とか二週間とかかかることが珍しくない。捜索に時間がかかると、助かる人も助からない。しかし、こういうことはinReach Mini を導入すれば防げる筈である。日本で悲劇的な遭難が無くなることを祈る。

なお、今回、Outdoor Gearzine からinReach Mini を借用し、レビューを執筆する機会を得た。筆者は単にinReach の古くからのユーザであり、ガーミン社とは何の利害関係も有していないことを明記しておく。

【編集部より追記】途中でも触れましたが、ここで説明する基本的な使い方の他に、より実践的な使い方について新しい記事を書きました。興味のある方は以下の記事も参考にしてみてください。

手の届く衛星通信デバイス Garmin inReach のハイキングでの実践的利用法 ~双方向メッセージング・Facebookとの連携方法など~

村上 宣寛

1950年生まれ。現在、富山大学名誉教授。専門は教育心理学、教育測定学。アウトドア関連の著作は『野宿大全』(三一書房)、『アウトドア道具考 バックパッキングの世界』(春秋社)、『ハイキングハンドブック』(新曜社)など。心理学関係では『心理テストはウソでした』(日経BP社)、『心理学で何が分かるか』、『あざむかれる知性』(筑摩書房)など。近著に、グレイシャー、ジョン・ミューア・トレイル、ウィンズといった数々のアメリカのロングトレイルを毎年長期にわたりハイキングしてきた著者のノウハウ等をまとめた『米国ハイキング大全』(エイ出版)がある。

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