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Garmin inReach® Mini のすすめ ~山に入るすべての人が知っておくべき革新的衛星通信デバイス~

奥多摩での使用例

奥多摩の周回ルート(反時計回り) で筆者がどのように使っているか、例として示しておこう。トレース機能は有料だが、プリセット・メッセージはいくら送信しても無料なので、時々、自分の現在地を送信しながら歩く。なお、普通は三泊四日くらいだが、休息を込めて四泊で歩いた。

先に説明したように、筆者のプリセット・メッセージは、

  • Rest stop. I will go further. ――休憩、もっと先に進む予定
  • Lunch time. I rest at least for half an hour. ――ランチ、30 分以上休む。
  • Tent here. A good place to spend a night.――ここにテント、一晩過ごすには良い場所だ。

である。これをL(ランチ)、R(休憩)、T(テント) と簡略化し、有料メッセージを$として、写真20 の地図上に記入しておく。

写真20: 奥多摩周回ルート、反時計回り

初日

inReach Mini のプリセット・メッセージは、鳩ノ巣駅からL、R、R、Tである。ランチの後、友人より、Have a good trip! (良い山旅を) を受信した。返事はしなかった。費用が0.5 ドルかかるためである。受信時には大きな警告音がなるので、すぐにinReach Mini 本体で内容が確認できる。

川苔山の水場で水を8 リッター確保し、近くの稜線でテントを張ったが、暗くなってしまった。雲がかなり湧いて、天気も悪かった。食事の後、一日の締めのメッセージを送信しようとしたが、GPS が収束せず、諦めた。雲が厚かったためだろう。

二日目

朝、天候が回復したので、一応、安心感のために有料メッセージを一つ送信した。内容は、

clear sky, slept for a long time, steak of the last night was delicious. I will start in 30 minuits.
天気良し、長時間眠った、昨晩のステーキは美味しかった、30 分くらいで出発する

であった。

この後のプリセット・メッセージは、R、R、R、L、R、R、T である。川苔山のピークで富士山を撮影し、蕎麦粒山でランチ、一杯水の水場を修理(パイプの外れの修復、パイプを岩での固定、石積みして水桶を水平に乗せるなど)、酉谷小屋着16:40 である。無人だったので、一泊お世話になった。締めの有料メッセージは、

Now, Toritani hut.no one here, started 7:30, Odori-daira 9:00, Mt.Sobatsubu, lunch, 11:00, Ippaimizu 13:30, here 16:40
今、酉谷小屋、誰もいない、7:30 スタート、踊平9:00、蕎麦粒山でランチ11:00、一杯水13:30、ここ16:40

であった。

酉谷小屋は急斜面に建っていて、空はあまり開けていない。プリセット・メッセージでも5 分ほど、有料メッセージの送信には10 分以上かかった。Mini のGPSは悪条件に弱い印象をもった。旧機種のExplorer でも少し時間はかかるが、10 分もかからない。

写真21: 休憩中にプリセット・メッセージを送信中のinReach MINI

三日目

天候、体調とも良くなったので、順調に歩く。プリセット・メッセージは、R、R、R、L、R、R、T であった。芋ノ木ドッケ近くでランチ、長沢背陵の起伏はすべて記憶にあり、難なく通過。雲取山キャンプ場14:30 着であった。天候は下り坂で、明るい内はスマートフォンが使えたが、夕方から圏外になった。夕食後のメッセージは、

Now Mt.Kumotori campsite: started 7:00, Mt.Nagasawa10:15, lunch 12:10, Mt.Imonoki-dokke 13:00, here 14:30
今、雲取山キャンプ場、7:00 スタート、長沢山10:15、ランチ12:10、芋ノ木ドッケ13:00、ここ14:30

であった。このメッセージの送信も手間取った。雲が湧くと、GPS の位置計算が遅れるようだ。

四日目

天候は曇り、風が強く、寒い一日だった。プリセット・メッセージは、R、R、Tであった。雲取山山頂は圏外、富士山は裾野しか見えず、モチベーションが低下、七つ石山から高丸山は巻き道を通った。昼頃に鷹ノ巣山のキャンプサイトにテントを設営した。締めの有料メッセージは、

Now Mt.Takanosu campsite: started 7:30, Mt.Kumotori, slight view of Fuji, Alternative trail of Mt.Nanatsuishiyama, here 11:50
今、鷹ノ巣山キャンプ場、7:30 スタート、富士山はわずかしか見えない、七つ石山は巻き道、ここ11:50。

巻き道の英語が思いつかず、もう一つの道としたが、さほど巻いていない道なので、そんなに悪くないようだ。水を8 リッター確保し、昼寝をして夕食後までテントで過ごした。ラジオによると、夜には雨が降るという。避難小屋には誰も泊まる人がいないので、テントを片付けて引っ越した。

写真22: 雲が消えるまで一時間待ったが、笠雲は残った

五日目

最終日は、鷹ノ巣山で富士山を撮影、その後は適当に下りるだけである。プリセット・メッセージはR、R、R、L、R であった。有料メッセージは不要だったが、天候が回復基調だった。それで、鷹ノ巣山で一時間待って富士山を撮影した。心配されるといけないので、

Waiting for a clear view of Mt.Fuji. cloudy, rained at night
富士山がきれいに見えるまで待機中、昨夜は雨だった

と送信した。石尾根を終えた所でランチ、ここからはスマホの圏内になる。奥多摩町近くでRを送信。無事に着いたことが確認できるようにした。

inReach Miniの使用感

100g という小さな筐体にイリジウム衛星通信装置とGPS 装置などを詰め込んだのがinReach Mini である。画面が小さく、表示も簡略化されている。GPS の性能はそれほど高く無い。

旧機種のExplorer であれば、GPS の位置計算が終了すれば3D という表示が現れる。イリジウム衛星を把握し、通信中であれば、双方向の⇅が表示される。そこで、少し待てば通信が終了すると理解できる。

しかし、inReach Mini ではメニューのLocation 画面に切り替えないとGPS の位置計算が終了したか分からない。また、トップの画面に戻らないとイリジウム衛星を把握したのか分からない。これが写真23 である。やはり不便である。

写真23: GPS の位置計算が終了し、イリジウム衛星と通信中の時は、曲がった上向きの矢印が表示される。しばらくすれば送信が成功する

GPS 機器は、三つ以上のGPS 衛星を把握して、そこからの電波のわずかな時間差を利用して、現在位置を計算し、その暫定的な位置を利用して、繰り返し計算して、誤差を減らしていく。この誤差が許容範囲となった時に現在位置が収束したと考える。

Mini 内蔵のGPS は晴天の時は素速く動作する。位置の誤差は1 メーター程度で非常に正確である。しかし、曇り、林の中などで位置計算の速度が大幅に低下する。GPS ユニットの感度がさほどでもないかもしれない。ともかく、正確な位置が算出できるまでは、位置計算を終了しようとしない。

実は、Map64s という独立型GPS も常に持ち歩いている。このGPS は非常に優秀で、電源ON から10~20 秒で現在位置を計算し、地図表示をする。林の中、電車やバスの中でも位置計算に成功する。ガーミンの独立型GPS は100~200 メーター程度の誤差があってもとりあえず現在位置を表示し、その後、1~2 分で誤差を修正して、誤差1 メーター程度まで押さえ込んでいくという戦略である。やや荒っぽいが、実用的である。

inReach Mini や旧Explorer は、GPS で正確な位置を割り出すまでは、位置計算が終了したとは見なさない。戦略というか、計算哲学の違いを感じる。不正確な位置情報を送信するのは好まないようだ。デローア社は二年ほど前にガーミン社に吸収されたが、デローア社が未だにガーミン社内部に独立して存在している印象を受けた。

Explorer +は地図表示可能であるが、GPS 性能や位置計算アルゴリズムなどからは、Garmin Map64s には遠く及ばないと推測する。Map 64s など独立型GPS には、GPSFileDepot(https://www.gpsledepot.com/) から世界中のフリーの地形図がダウンロード可能という利点もある。当分の間は、独立型GPS とinReach Miniの両方を利用した方が有利だろう。

GPSが収束しない時

GPS の位置計算が収束せず、メールが出せない時にどうするか。Mini がイリジウム衛星を把握している場合がほとんどなので、GPS を無視してメールを出すと良い。つまり、メールが何時まで経っても送信できない場合、スマートフォンはそのままにする。

  1. inReach Mini の電源をOFF にして、その後、ON にする。
  2. メッセージ送信中であれば、Wait for GPS とSend Anyway の選択メニューが出る。
  3. Send Anyway を選ぶ。

必要に応じて、この選択を行えば問題は解決する。メッセージが送信中であれば、スマートフォンをリセットしても、メッセージは失われない。筆者の経験ではスマートフォンでメッセージを作製する前にinReach の電源をON にしておく方が、送信の成功確率が増えるように思う。

どんな時に役立ったか

筆者が大いに役立った経験をいくつか説明しておこう。

浄水器が壊れた

2012 年8 月、ジョン・ミューア・トレイルをヨセミテから南向きに歩いていた時、ミューア・パスを過ぎてから浄水器のポンプが壊れた。アメリカの水はきれいではないし、生水が飲みたいし、非常に困った。幸いにして日本人ハイカーとしばらく一緒だったので、一日は浄水器を借用した。我が奥様とはビショップで待ち合わせ、合流する予定だった。そこで、inReach で浄水器を確保するように送信した。

ビショップには大きな登山用品店があるが、常に在庫があるという保証がない。到着までに浄水器を確保してもらった。この時は第一世代のinReach であった。この時、位置情報を無視して送信したので、筆者はアフリカにいたらしい。

カメラが壊れた

2015 年7 月、退職したので、2ヵ月間、パインデールに滞在し、ウィンズをハイキングした。二回目のハイキングに出かけた時、一眼レフのオートフォーカスが動作しなかった。マニュアル・フォーカスは可能だったが、不便だった。そこでinReach で日本の奥様に代替機種のカメラを送れとメールを入れた。二回目のハイキングを終えてホテルに帰った時には、もう一台の一眼レフが待っていた。

一回目のハイキングの後、たまたまヒッチハイクに成功して車に乗せてもらった。しかし、そこはウィンズ第一の悪路で、車の中で、身体が飛び跳ねる状態だった。この時にレンズのオートフォーカス部分が壊れ、カメラ本体も崩壊寸前で、しばらく後に動作しなくなった。ただ、代替機種のお陰でウィンズの絶景を多く撮せた。これも第一世代のinReach のお陰である。アメリカの地方都市にはカメラ店など何もないのが普通である。

筋断裂

2017 年8 月、ジョン・ミューア・トレイルを北向きに歩いていた。記録的に雪の多い年で、渡渉は避けて、クロスカントリーをかなりやった。そのためか、足の筋肉が疲労していたのだろう。小川を飛び越え、対岸の岩に着地した途端、左足に激痛が走った。後で知った所では、ふくらはぎの筋断裂であった。

まだ、マザー・パスの南で、ビショップまでは二泊三日の距離だった。そこで奥様と待ち合わせをして、ミュアー・パスを含むループ・トレイルを歩く予定だった。非常に困ったが、鎮痛剤を飲めば痛みがなくなり歩けた。inReach で足の負傷のため遅れると、連絡を入れた。結局、奥様がモーテルでの滞在を三日ほど延長してくれた。登りでは脚の力が入らず、一日遅れで、ビショップに到着した。

足に内出血があったので、ループ・トレイルは諦め、ビショップ・パスまでの二泊三日の往復ハイキングとした。なお、足は一週間ほどで回復し、ヨセミテまで歩いた。この時の使用機器はinReach Explorer で、現在も愛用中である。

SOS ボタンは押さなかった。筋断裂は一部の筋肉が切れているだけで、鎮痛剤を飲めば歩けるからである。アキレス腱断裂ならSOS もやむをえないだろう。

まとめると

inReach Mini のGPS は悪条件下でGPS の収束が遅いという欠点がある。しかし、天気が良ければ、位置情報は正確である。もし、GPS が収束しなくてもイリジウム衛星を利用した双方向通信はどこでも可能である。機器のコストは4万円程度、一年契約で運用すると月12 ドルである。重さは100 グラム。正直に言って使わない理由はないだろう。

inReach Mini のSOS ボタンは絶体絶命の時以外は押してはいけない。困った状況になれば、SOS ボタンによらずとも、知り合いにメールを送って、状況の打開を図ればよい。現状ではinReach の日本人ユーザーは非常に少ないので、筆者の経験と使い方を開示しておいた。

日本の山では行方不明で捜索に一週間とか二週間とかかかることが珍しくない。捜索に時間がかかると、助かる人も助からない。しかし、こういうことはinReach Mini を導入すれば防げる筈である。日本で悲劇的な遭難が無くなることを祈る。

なお、今回、Outdoor Gearzine からinReach Mini を借用し、レビューを執筆する機会を得た。筆者は単にinReach の古くからのユーザであり、ガーミン社とは何の利害関係も有していないことを明記しておく。

【編集部より追記】途中でも触れましたが、ここで説明する基本的な使い方の他に、より実践的な使い方について新しい記事を書きました。興味のある方は以下の記事も参考にしてみてください。

手の届く衛星通信デバイス Garmin inReach のハイキングでの実践的利用法 ~双方向メッセージング・Facebookとの連携方法など~

村上 宣寛

1950年生まれ。現在、富山大学名誉教授。専門は教育心理学、教育測定学。アウトドア関連の著作は『野宿大全』(三一書房)、『アウトドア道具考 バックパッキングの世界』(春秋社)、『ハイキングハンドブック』(新曜社)など。心理学関係では『心理テストはウソでした』(日経BP社)、『心理学で何が分かるか』、『あざむかれる知性』(筑摩書房)など。近著に、グレイシャー、ジョン・ミューア・トレイル、ウィンズといった数々のアメリカのロングトレイルを毎年長期にわたりハイキングしてきた著者のノウハウ等をまとめた『米国ハイキング大全』(エイ出版)がある。

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