里には桜の便りが訪れるこの時期でも、山の上ではまだしばらく厳しい寒さが続きます。
寒さから身を守るための防寒着は、登山ウェアのなかでも近年進化と多様化が著しく、個人的にも毎年新作が楽しみなジャンルのひとつです。軽さと温かさだけならばダウンが最適なのはまだ疑いの余地がないところですが、蒸れやすさや濡れに対する強さなどから登山に使うには何かと勝手がよろしくないのも事実。やはり実用的な観点から、化学繊維の中綿を封入した化繊インサレーションジャケットが選択肢の筆頭に上がってくるでしょう。
その化繊インサレーションについては昨年の特集でもお伝えしたように、特に最近では2つの大きな潮流に注目しています。
ひとつは適度な保温性と同時に通気・速乾性を高めることで、止まっているときも動いているときも、1日中脱ぎ着せずに着続けていられるアクティブインサレーションというトレンド。そしてもうひとつは、とにかく軽くて保温性が高く、ダウンに迫る断熱性と復元力をもった疑似ダウン的な防寒ジャケットのトレンドです。
それらの大きなトレンドを踏まえたうえで、今回、多くのブランドによってリリースされた選りすぐりの中からさらに今シーズン注目すべきモデルを絞り込み、実際のフィールドで使ってみて、さまざまな視点から比較評価してみました。約2年ぶりとなる化繊インサレーションジャケットの比較レビューをさっそくどうぞ。
目次
- 目次
- 今回比較した化繊インサレーションについて
- テスト結果&スペック比較表
- 各モデルのインプレッション
- 多くの面で高レベル。最も汎用性に優れ厳冬期から春先まで活躍 Mountain Hardwear コアストラータジャケット
- 厳冬期にうれしい高い断熱性と耐候性、適度な汗処理能力の良バランス MILLET K ビレイ フーディー
- 中間着としてなら欠点なしのずば抜けた保温・通気・速乾性 Rab Alpha Flash Jacket
- 通気インサレーションジャケットの新たなベンチマーク THE NORTH FACE ベントリックスフーディ
- 軽さからは想像できない驚異的な保温力。秋・春山のお供に最適 THE NORTH FACE レッドポイントベリーライトジャケット
- 春・秋山には欠かせない中間着 NORRONA lyngen Alpha90 Raw Jacket
- ダウンライクなルックスと抜群の保温力。日常使いも捗る防寒アウター
- MONTANE イカルスジャケット
- さすがの作りの良さ。あと一歩中綿を増やせば優秀な防寒アウターに patagonia マイクロ・パフ・フーディ
- まとめ
目次
今回比較した化繊インサレーションについて
本来この種のウェアの目的は「防寒」であって、じっとしているときに羽織って寒さを凌ぐ以上の役割は求められず、その意味で選択肢のバリエーションはそれほど多くはなかったように覚えています。しかしここ数年の技術的なブレークスルーによって、近年では目的や季節によって特徴の異なるさまざまなモデルが無数に登場するようになりました。それらすべてを網羅することはできませんが、今回はなるべく多様な志向のモデルを試して、秋~冬~春の登山に最適なモデルをそれぞれ見定めたいという自分のわがままもあり、以下のような条件にしたがって比較候補モデルを絞り込んでいきました。
- 化繊100%(ダウンとのハイブリッドモデルは選定外)
- 厳冬期のミドルレイヤーや、残雪期のアウターとして機能する程度の中綿量(アウター用途メインの極端にかさばるモデルは選定外)
- 登山用途がメインで、単純な「防寒」機能メインのモデルから、行動時にも蒸れにくいアクティブインサレーションモデルをまんべんなく選ぶ
ここから、なるべく新しいモデルや、ルックスが気に入っているモデル、試着してあまりに体型がマッチしないなど、あーだこーだ取捨選択し、晴れて今シーズンのNo.1モデル候補に選ばれた化繊インサレーション(ミドルレイヤー、または防寒着)がこちらの8着(カッコ内は化繊中綿名)。毎度我ながら偏っていると思いますが、それはご愛敬ということで。
- MILLET K ビレイ フーディー(Polartec Power Fill)
- MONTANE イカルスジャケット(PrimaLoft ThermoPlume)
- Mountain Hardwear コアストラータジャケット(PrimaLoft Gold Active)
- NORRONA lyngen Alpha90 Raw Jacket(Polartec Alpha Direct)
- patagonia マイクロ・パフ・フーディ(プルマフィル)
- Rab Alpha Flash Jacket(Polartec Alpha Direct)
- THE NORTH FACE レッドポイントベリーライトジャケット(THERMOBALL™ PRO)
- THE NORTH FACE ベントリックスフーディ(※19SSモデルはWPBベントリックスフーディー。Ventrix)
昨年まではPolartec Alpha を使用した製品の使いやすさにやられまくっていた自分なので、今シーズンも大本命であることは変わりありません。ただ今シーズンはPolartec Power Fill、PrimaLoft Gold Active、THERMOBALL™ PRO など新しい狙いをもった野心的な中綿素材が生まれてきており、個人的にはじめて試す製品も多く、いい意味で期待を裏切ってくれることを期待してのチョイスです。
テスト環境と評価基準
テスト期間は2018年11月~2019年3月の冬、関東上信越の山々で、ハイキングやバックカントリー、その他日常着として使用。評価項目については、以下の5点を指標に設定しレビューしました。
- 保温性・・・秋冬のミドルレイヤーとして最も重要な機能。いくら高機能であっても、保温性が足りなければ、そのジャケットは使いづらいものとなってしまいます。
- 快適性・・・肌触り、シルエットやカッティングによる着用ストレスの少なさ、袖や裾、フードのフィットなど。いくら保温性が高かったとしても、着心地が悪ければ毎日着たいとは思えません。
- 動きやすさ・・・単純な防寒着としてならいざ知らず、行動着としての役割も想定した今回の化繊インサレーション比較では、動きの中でも快適性も求めたいところ。
- 蒸れにくさ・・・行動中での着用を想定した場合、汗をかいたときの快適さも見逃せません。できることなら止まっているときも、動いているときも、はたまた濡れているときも、あらゆるシチュエーションで常に衣服内を適温に調節してくれることがベストです。
- 耐候性・・・外気温や環境に対して、どれだけプロテクションがあるかどうか。主に耐風性や撥水性などにあたります。もちろんこれらは通気性とトレードオフの関係にあることが多く、あえてその機能を捨てているモデルもあるため、これがないからダメとは一概に言えないのも事実。
- 重量・・・厳しい登山では当然軽さは正義。最近の化繊中綿はどんどん軽くなっています。
- 収納性・・・厳冬期ならずっと着たままの場合が多いのが実際ですが、残雪期は春・秋など、場合によってはザックに収納するケースも少なくありません。最近ではポケットなどを裏返すだけで収納袋の代わりになるパッカブル仕様も増えてきました。
テスト結果&スペック比較表
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各モデルのインプレッション
多くの面で高レベル。最も汎用性に優れ厳冬期から春先まで活躍
Mountain Hardwear コアストラータジャケット
ここが◎
- 保温性
- 快適性
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
ここが△
- 重量
中綿にプリマロフトが開発した通気する断熱素材、PrimaLoft Gold Active を採用したアクティブインサレーションジャケット。まず他社の通気性を売りにした防寒着に比べて、かなり保温性がしっかりとしていることに驚きます。首周りが分厚いこともあり、フーディータイプでないこのモデルでもここから冷気が逃げるようなこともありません。余分な隙間を埋めるタイトめのシルエットにもかかわらず、腕上げで裾がずり上がることもない絶妙な立体裁断、そして4方向の伸縮性と適度な復元力によって動きやすさもなかなかでした。
中綿の通気性の効果も、ずば抜けて良いということはないものの、行動中に蒸れが気になるようなことはません。まさに「一日中ずっと着ていられる」というコンセプトが最も似合うモデルといえます。冬山での朝一にブルブル震えながらテントを撤収することも、ハイクアップで脱ぎたくなることもありませんでした。スタイリッシュなデザインのフロントジッパー、胸ポケットに収納可能なパッカブル仕様など小技もきいていて◎。ただ重量だけは、実際に測っても着ても、他の中綿に比べどうしても気になってしまいました。
厳冬期にうれしい高い断熱性と耐候性、適度な汗処理能力の良バランス
MILLET K ビレイ フーディー
ここが◎
- 保温性
- 耐候性
ここが△
- ストレッチがない
- やや重い
今シーズン初お目見えの最新中綿、Polartec Power Fill の大きな特徴の一つは、独自プロセスによるエアポケットを豊富に含んだ繊維による高い断熱性。ふわっと柔らかい感触で反発してくる嵩の高さと復元力は手に取ってみると明らかで、着心地も非常にいい。重さが気にならず、数字以上に軽く感じられます。その中綿が豊富に封入されたジャケットは今回の中でもトップクラスの保温性を誇り、表地は耐風・撥水性を備え、アウターとしての性能は十分でした。
ビレイ用のジャケットというだけあってポケットの位置はハーネスに干渉しない場所に配置され、また調節可能なフードなどヘルメット着用への配慮が見られるのもこのモデルのコンセプトを物語っています。
一方で、ストレッチ性はないため、一日中着たままいけるといえるほどの通気インサレーション的な使い勝手は備わっていません。汗抜けのよさに関してもゼロではありませんが、中綿量が多いためよほどの低温下でないと効果は実感できないかもしれない。とはいえ厳冬期の一時的な防寒ミドルレイヤーとしてはどれよりも信頼のおけるモデルであったといえます。
中間着としてなら欠点なしのずば抜けた保温・通気・速乾性
Rab Alpha Flash Jacket
ここが◎
- 着た瞬間から温かい
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
- 軽さ
ここが△
- 耐候性
- 汎用性
米軍特殊部隊のために開発されたという高機能断熱素材、Polartec Alphaの特徴を端的にいえば、寒さを防ぐために必要な保温性と、行動中でも快適に過ごすために必要な通気性・速乾性・軽量性という2つの相反する機能が高いレベルで両立しているという点です。その中綿をむき出しにマッピングし、脇下~袖をストレッチパネルで繋いだこのモデルは、この新素材の特徴が最大限に活かされたモデルでした。
とにかくこの起毛した中綿によって着た瞬間からじんわりと温かみを生み出し、上下のレイヤー間に適度なデッドエアの層を作ってくれます。その効率の良さはフリース以上。サイドのストレッチパネルによって行動時のストレスは皆無です。しかも汗抜けの良さに関しても今回の比較では突出していました。吸い上げた汗が何のフィルターも介さずそのまま拡散されるのだから、そりゃそうなんですが。
総じて、中間着としてシェルの下に着る用途に限定すれば、この一着は最高のパフォーマンスを見せてくれるでしょう。ただし、当然風をビュンビュン通すので、暑すぎて涼みたいという時以外アウターとしては使えず、常に何らかのジャケットとセットで使用する必要があります。
通気インサレーションジャケットの新たなベンチマーク
THE NORTH FACE ベントリックスフーディ
ここが◎
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
- 軽さ
ここが△
- やや保温性が少ない
ノースフェイスが独自に開発した中綿素材、Ventrix は、ストレッチ性のある板状の中綿に、身体の動きに合わせて開閉するスリットを入れることで、活動時には積極的に空気を通し、静止時には空気を閉じ込めるおもしろい仕組みが備わっています。それに加えて裏地には無数の孔が開けられ、全力で汗による湿気を拡散させてくれるため、汗をかいたときの蒸れ感のなさは、表裏地をもったジャケットの中では群を抜いていました。
サラサラと乾いた生地の風合いもよく、耐久性もばっちり。4方向のストレッチによる動きやすさも抜群で、まさに今旬の通気インサレーションジャケットとしてのど真ん中といえる特徴が押さえられています。
ただ個人的には、冬を通して使うジャケットとして考えた場合、もう少し中綿量(保温性)があってもよかったのではないかと思ってしまいました。この点、昨シーズンモデルの方が中綿量は多かった気がするのですが、今年のモデルはやや軽量性を意識しているように思われます。逆にいうと、今のような残雪期にはバッチリ合いそうです。
軽さからは想像できない驚異的な保温力。秋・春山のお供に最適
THE NORTH FACE レッドポイントベリーライトジャケット
ここが◎
- 重量当たりの保温性
- 軽さと相まった着心地のよさ
ここが△
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
驚きという点では一番だったかもしれないのが、今シーズン新登場?の新素材、THERMOBALL™ PRO を採用した軽量ジャケット。フード無しで176gという重量は袖を通した瞬間に分かるほど軽い。ここまで軽いとそれだけで着心地がいいものです。少し凸凹した生地の質感もいい。
でも実は驚いたのはこの軽さではなく、この軽さからはまったく想像できなかった保温力の高さでした。熱伝導性が低いエアロゲルと呼ばれる「ゲル状の空気」を練り込んだ小さなボール状の繊維束を集めた中綿は「これは発熱しているのか?」と錯覚するほど、一般的な板状の中綿からは想像できない熱の伝わりを感じました。
惜しむらくはこれも中綿の絶対量が少ないため保温力自体に限度があり、本格的な冬山に使用するにはちょっと物足りませんでした。脇下にストレッチ生地を配置して動きやすさも考慮しているだけに残念。これからの残雪期や、晩秋の登山に最適です。
春・秋山には欠かせない中間着
NORRONA lyngen Alpha90 Raw Jacket
ここが◎
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
- 軽さ
- 収納性
ここが△
- 保温性
- 快適性
- 耐候性
基本的な作りは先述したRab と同じように、むき出しのPolartec Alpha Direct とストレッチ生地のハイブリッド構造です。ただこちらはAlpha 素材がやや薄手かつ上部分のみで、下部分は薄手のフリース素材が配置されている点で、その分、保温性は低いといえます。このため本格的な冬にこれを中間着として着ても、さすがに温かさは物足りませんでした。
ただその分、当然ですが桁違いに軽くて動きやすく、蒸れにくいという点で、むしろこれからの残雪期にはピッタリ。タイトなシルエットでベースレイヤーの上にちょうどよくフィットし、暑すぎず寒すぎず体温・湿度を一定に保ってくれるでしょう。暖かい風が吹いてきた季節にあえてジャケットなしで羽織っても、気持ちよく使えそうです。
ダウンライクなルックスと抜群の保温力。日常使いも捗る防寒アウター
MONTANE イカルスジャケット
ここが◎
- 抜群の保温性
- 耐候性
ここが△
- 重量
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
- 収納性
息で吹き飛ばすことができるほどの軽やかな繊維束の集まりであるPrimaLoft ThermoPlume を内包し、防風・撥水性に優れたPERTEX QUANTUM を表地に採用したインサレーションジャケット。ダウンのような高い復元力を有し、洗練されたキルトステッチなど、化繊ジャケットにもかかわらず外側から見た感じではダウンかどうか見分けがつかないほどにまできています。自分は昨年から愛用していますが、その高い保温力と気軽に洗える便利さ、スタイリッシュなデザインから、日々のアウタージャケットとしてかなり重宝していました。
ただ、あくまでもダウンジャケットを目指していることから、このジャケットにストレッチ性や蒸れにくさなどは期待できません。この点で、アウトドアでももちろん問題なく使えますが、同じように保温・耐風・撥水を特徴とするMILLETのK ビレイ フーディーに比べると、重量当たりの保温性でまだ使いにくく(こちらの方がだいぶ重い)、本格的な山には持っていくことも、着ていくことも難しさを感じてしまいました。洗濯・乾燥した後に中綿を均一にならすのもやや面倒だったり。
ただ、この中綿自体はダウン並みの機能性に向けてまだまだ進化していくでしょう。今後も期待していきたいと思います。
さすがの作りの良さ。あと一歩中綿を増やせば優秀な防寒アウターに
patagonia マイクロ・パフ・フーディ
ここが◎
- 軽さ
- 着心地のよさ
- 耐候性
ここが△
- 保温力があと一歩
- 動きやすさ
- 蒸れにくさ
Patagoniaから鳴り物入りで登場したマイクロ・パフ・フーディは、軽量かつ復元力の高い独自素材プルマフィルを中綿とした軽量インサレーションジャケット。重量当たりの保温性は確かに素晴らしかったものの、中綿の絶対量が少なめのため、本格的な冬に応えられるだけの保温力はなかった気がします。タイトだけどストレスの少ない立体裁断は見事で、フードのフィット感も最高です。こちらも疑似ダウンジャケットとして想定されていることから動きながら着られるという点は期待できませんが、あともう少し保温力があれば、冬の日常からアウトドアまで毎日着倒したくなる使い勝手の良いモデルになったはずです。来シーズン、もう少し中綿量を増やした「マクロ・パフ・フーディ」に期待。
まとめ
テストを通じてさまざまなインサレーションジャケットを着てみると、中綿の性質だけでもさまざまな得意不得意があるだけでなく、その厚み(中綿量)によってもベストな使い道が異なることが分かります。季節や用途と機能の幅広さ、総合力という意味では今回Mountain Hardwear が一番だと感じましたが、Rab やNORRONA、MILLET も季節や用途を絞ればそれぞれ頭一つ抜け出ることはできます。やはりそれぞれにとっての一番は、自分だけにしか決められません。
自分の用途やスタイルに照らし合わせて、最適な1着を探すときに、この評価のことを思い出して参考にしてみてください。