冬の過酷な環境で、1グラムでも軽く、1ミリでも自由であることを求めるアルパインクライマーたちから絶大な支持を集めながらも、惜しまれつつも製品改良のために販売休止していたアルパインシェル「Patagonia M10」シリーズがこの冬、およそ6年ぶりに進化して復活しました。
最小限の機能で極限まで軽量化したこの 3 層防水透湿シェルは、アルパインクライマーだけでなく、実は海外のBCスキーヤーやULバックパッキング界隈からの評価も高いという事実から分かるように、そのミニマルなデザインからは想像できないほどのバランスの良さも備えています。雪山、バックカントリースキー、無雪期のスピードハイクや沢登りを愛好する自分にとっても、こいつは大きなポテンシャルを秘めているのではないかとにらんだわけです。
そこで今回はそのM10シリーズのエッセンスを最も体現しているといえる「M10 アノラック」と「M10 ストーム・パンツ」を、ファストパッキングやトレイルランニング、沢登り、バックカントリースキー、雪山縦走、ちょっとだけバリエーションルートといったアクティビティをたしなむ筆者が実際の冬山で着用してみました。
いわゆるハードシェルでもなく、あるいはレインウェアでもないこの先鋭的なテクニカルシェルの魅力と特徴とは? また気になる点・注意するべき点はないか? 早速レビューしていきたいと思います。
目次
Patagonia M10 アノラック & ストーム・パンツの主な特徴
Patagonia M10 は、最も過酷なアルパインクライミングでの厳しい要求に応えるべく生まれた、軽さと動きやすさを極めたテクニカルシェル。何よりも行動時の動きやすさを最優先し、無駄を省いたスリムシルエットながら細部まで計算された独自パターンによって、肩回りや股関節をはじめあらゆる場面でストレスのないダイナミックなムーブを可能にします。有機フッ素化合物(PFAS)不使用の「Xポア・ナノポーラス・メンブレン」を採用した20デニールの極薄生地(M10 アノラックのみ)は薄手軽量ながら十分な耐候性と透湿性を提供。フィット感とプロテクションを兼ね備えたフードや上下に開閉可能なフロント3/4ジップ、チェストポケット、パッカブル仕様など、必要最小限の重量で十分な使い勝手の良さを備え、雪の有無を問わずアルパインクライミングをはじめ幅広いアドベンチャーに活躍する汎用性の高さも備えています。
お気に入りポイント
- 快適なフィット感と抜群の動きやすさを可能にしたムダのない裁断
- 雪山にも対応するシェルとは思えないほどの軽量コンパクトさ
- しなやかで極薄にもかかわらず優れた耐摩耗性と耐候性・透湿性
- 上下に開閉可能なフロント3/4ジッパーによる着心地の良さと換気性の高さ
- フィット感とプロテクションを両立したヘルメット対応フード
- ハイテンポなアクティビティ全般に使える汎用性の高さ
- 丁寧なつくりと高い製造品質
気になるポイント
- ポケットのすくなさや袖・裾などの調節性の低さ(カジュアルなアウトドアには不向き)
- スリムフィットゆえに、体型とサイズの組み合わせ次第では厚手のレイヤーの重ね着が厳しい
- 鋭利なものなどによる引っ掻きに対する不安
主なスペックと評価
項目 | Patagonia メンズ・M10 アノラック | Patagonia メンズ・M10 ストーム・パンツ |
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重量 | 274g(Mサイズ実測) | 212g(Sサイズ実測) |
カラー | Endless Blue, Forge Grey | Smolder Blue, Forge Grey |
サイズ | XS / S / M / L / XL | XXS / XS / S / M / L / XL |
レディースモデル | △(レディースはM10 ストーム・ジャケットのみ) | ◯(ビブタイプ) |
防水透湿機能 | PFAS不使用のH2Noパフォーマンス・スタンダード・シェル(3層構造) | PFAS不使用のH2Noパフォーマンス・スタンダード・シェル(3層構造) |
生地 | Xポア・ナノポーラス・メンブレンと滑らかなジャージーの裏打ちを施した、3層構造の2.7オンス・20デニール・リサイクル・ナイロン100%のリップストップ。DWR(耐久性撥水)加工(PFAS不使用)済み。 | 滑らかなジャージーの裏打ちと防水性/透湿性バリヤーを施した、3層構造の3.4オンス・30デニール・エコニール・リサイクル・ナイロン100%のリップストップ。PFASを意図的に使用せずに製造されたDWR(耐久性撥水)加工(PFAS不使用)済み。 |
ポケット |
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その他機能 |
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Outdoor Gearzine 評価 | ||
対候性(防水・防風性・断熱性) | ★★★☆☆ | |
透湿性・ムレにくさ | ★★★★☆ | |
快適性・動きやすさ | ★★★★★ | |
重量 | ★★★★★ | |
機能性 | ★★★★☆ | |
耐久性 | ★★★☆☆ | |
多用途性 | ★★★★☆ |
雪の赤岳や低山でのスピードハイクで着用した詳細レビュー
積雪期用としては驚きの、削ぎ落とされた重量
限られたエキスパートのみにしか完登を許されない岩と雪のハードなミックスクライミングのグレード「M10」をそのまま製品名に冠した Patagonia M10シリーズ。 その中でも特にそのコンセプトをより強調した上下セットアップである「M10 アノラック & M10 ストーム・パンツ」は、基本的にはテクニカル・クライミング用に設計された超軽量ハードシェルです。
しかし、重くて硬い、かさばる、動くとカサカサうるさいといったいわゆるハードシェルとは対極のミニマリズム設計がまず最初に感じられるのはその軽さ。
実際にMサイズを計ったところ、冬期用の3層ハードシェルとしては驚くほど軽量といえる274g(ストーム・パンツ Sサイズは212g)を示していました。着た時には正直不快な重さはまったく感じられず、とにかく重たい装備が多くなりがちな冬山でのミッションでここまでの軽さは当然ながら大きなメリットといえます。
またこの軽量さにふさわしく、収納も非常にコンパクト。容易に丸めて左胸ポケットに簡単に収納できるパッカブル仕様なので、例えば標高が低いところから登り始めは丸めてカラビナクリップに引っかけておく、なんて粋なこともできてしまいます。もちろん冬山だけでなく無雪期のレインウェアとして考えた場合でも、バックパックの底に忍ばせておいてほとんど気になりません。
抜群の動きやすさと無駄のないフィット感を両立した見事なパターン
サイズ感について
M10 アノラックは基本的には身体のラインに沿ったシルエットの「スリムフィット」という位置づけですが、主にアルパインクライミングでの動きやすさにフォーカスして作られているため、特に肩周りにはゆとりを持たせ、そして裾はハーネスの下にフィットするようにテーパードして(絞られて)います。平均よりも細身体型の自分にとってはこのカッティング自体で問題はありませんでした。
ただ、いつもパタゴニアのアウターで選んでいるSサイズに袖を通してみたところ、動きのみに集中するならばSでジャストサイズではありましたが、アイスクライミングよりもバックカントリーや雪山縦走、そして沢登りなど幅広いアクティビティで使いたいと考えている自分にとっては、ウエストのゆとりはもう少し欲しいと感じられました。
そこで少し悩んだ結果Mサイズを選択。1ヵ月ほど着ていますが、着心地も良好、そして中に軽量ダウンジャケットを着る余裕もあり、重ね着しやすさでも満足しています。
一方パンツに関しては、自分の体型が丁度SサイズとMサイズの中間サイズであるため、いつも毎回試着して決めています。今回は試着の結果Sサイズが丁度良くフィットしました。これは特にウェスト的にはSサイズが最適であったこと、いつもならそうすると腰回りが窮屈になることもよくあるのですが、このパンツ自体の特性として股下のガセットに十分すぎるほどの余裕があるため、Sサイズでちょうどよかったのです。
特にパンツはパッと見た限りでは特に普通のシルエットに見えますが、実は股を極端に広げてもまったくツッパリ感が生まれないほど大胆なガセットクロッチが施されています(下写真)。この画期的な裁断は何と日本の柔道着からヒントを得たとか。
このようにサイズ感については若干クセがあるため、購入に際しては必ず試着することをおすすめしますが、そこさえクリアしてしまえばM10はフィット感という点においてこれまでにない最高の出来栄えを感じました。
ちなみに、今回このシェルパンツを最大限に有効活用できたのは、インナーとして合わせた「ナノエア・ライト・ボトム」の存在も大きな要因のひとつかもしれません。今シーズン新登場で、保温性と伸縮性、そして通気性を兼ね備えたこのレイヤーを中に履くことで、M10 ストーム・シェルの機動性の高さをまったく妨げることなく、また凍えることもなく快適さを保ってくれたのです。
今回はアンダーウェアの上にナノエア・ライト、そしてシェルというレイヤリングでしたが、仮にさらに寒くなった場合には、アンダーウェアをメリノウールの長タイツなどにすればより暖かく万全です。
動きやすさ
厳しい環境でも最高のムーブにこだわるアルピニストのためのジャケットであるM10では、最も重視されたのはやはり「動きやすさ」だといいます。開発者のインタビューでも言われていましたが、クライマーの動きだけでなく、ダンスの動きまでを研究するなど、特に時間をかけて試行錯誤した結果、脇下のガセットの作りが大きく見直されることになりました。
その結果(旧モデルと比べて)肩周りはさらに動きやすくなり、また裾のずり上がりも極力少なくなったといいます。自分は旧モデルを持っていませんでしたが、新モデルを着て身体を動かすだけでも、これまでのハードシェルでは考えられないレベルの動きやすさは十分に感じられました(生地には実際にわずかな伸縮性もあります)。裾のずり上がりも(まったくないとは言わないまでも)ハーネス着用が乱れる心配はまったくありません。しなやかで擦れ音も少なく、しかもバタつきのまったくないスリムなプルオーバーは、ハーネス周りでのジッパーのゴロつきなどもなく、すっきりシルエットで快適な着用感が得られるでしょう。
さらに動きを一切制限しないテクニカルなアルパインクライミング用のハードシェルパンツとして開発された M10ストーム・パンツ では、股下に配置された巨大なひし形の「4ポイント・ガセット」と膝の巧みな立体裁断などによって、ハーネスを着用した状態でもまったく下半身の動きを妨げず、腿を上げた際にも足の裾がずり上がったりすることはありません。テスト当初は足回りにゲイターがあった方が良かったかなと心配もしたのですが、きつめのゴムでしっかりとフィットした足首は、ずり上がらずに登山靴をずっと覆ってくれました。
また薄いニット裏地は素肌に心地よく、細くてしなやかなシームテープは生地のゴワつきを極力抑え、着用時のあらゆるストレスに対して対策が練られていることはさすがとしか言いようがありません。
PFAS不使用の新メンブレンによる優れた耐候性と透湿性
M10 アノラックに採用されている防水透湿メンブレンは、3層のH2Noパフォーマンス スタンダード メンブレンではありながら、ジャケットタイプと違ってXpore社のナノポーラス・メンブレンと20デニールの超薄手表地が採用されています。細かな違いは明かされていないものの、両方を触った感触では明らかにアノラックの方が薄手でしなやか。この感触の良さでアノラックを選んだといってもいいくらいです。
気になる防水透湿性能については、室内のシャワーで一定時間の水を当て続けてその耐水性と撥水性をチェックしたところ、期待通り薄手とは思えないほどしっかりと水の侵入を防ぎ、メジャーな防水透湿メンブレンと同等のレベルのパフォーマンスを見せていました。また稜線上の強い風に対してもしっかりと遮断してくれ、基本機能について問題になることはないでしょう。
また透湿性に関しても(高温多湿環境で試したわけではありませんが)冬の登山で起こる蒸れは不快を感じる手前でスムーズに解消してくれました。テストでは氷点下10度前後の気候でベースレイヤーの上に同社のナノエア・ライト・ハイブリッド・ジャケットを着ていましたが、その限りでは登り始めから下山までこのセットを脱ぎ着する必要性はまったく感じません。低山のスピードハイクでは暑さを感じた時に長いフロントジッパーを開けることで大きく換気することができ、また薄手の生地によって(良くも悪くも)身体の熱がこもらないため、ここでも快適さはキープされていました。
余談ですが、M10 アノラックのみに採用されたXpore社のナノポーラス・メンブレンは、元々自動車用バッテリーの製造時に生まれた「材料を機械的に引き伸ばして均一で微細な穴を作るナノ多孔膜」技術から応用されたものだといいます。従来の衣料用の化学的に製造された不均一な孔の多孔膜よりも安定したパフォーマンスを可能にしているという点は、今後他のアイテムにも活かされていくのか、興味深いところです。
十分な耐摩耗性と気になる引っ掻き耐性
どうしても気になる耐久性について、ここまでの薄手軽量ウェアにしては十分な耐久性を備えているとは思います。このクラスの他製品で、M10 アノラックと同じくらい耐摩耗性に優れた生地を誇るジャケットはほとんど見かけたことはありません。しなやかながらも確かな張りと堅牢さを感じさせます。
そうはいっても、ある程度冬山慣れしていない初心者にまで手放しで進められるほど万全の強靭さかというと、やはり決してそこまでとは言えません。
アックスやクランポン、スキーのエッジといった鋭利な道具を注意深く使うことに慣れていない人は(自分も含めて)一瞬気を抜いた時にうっかり生地をひっかけてしまいがちで、そうなるとさすがにこの薄手生地は耐えられるようには思えないのです。
特にパンツの裾の内側には通常配置されているクランポンガードの補強が、M10 ストーム・パンツにはまったくありません。自分なら1~2年のうちにちょこっとでも引っ掛けてしまう自信があります。どうしてもこの点については細心の注意を払うか、破れてもしょうがないという覚悟と備えがどうしても必要になります。
削ぎ落とされた末の「本当に必要なもの」だけが揃った機能性
調節可能なフード
ぼくがパタゴニアのジャケットで特に気に入っている部位のひとつがこのフードですが、M10 アノラックでもそれは例外ではありませんでした。
フードの背面に調整用のコードロックが 1つ付いており、行動中でも片手で簡単に引っ張って絞ることができます。そしてひとたびフィットすればしっかりと頭部に固定し、ヘルメットをしていても、していなくても、首の動きに追従し、視界を遮ることはありませんでした。
顎までしっかりとカバーする襟と、硬質のバイザー(Recco リフレクター入り)によって雨風から顔をしっかり守ってくれます。
換気性抜群のフロントジッパー
M10 アノラックのフロントジッパーは非常に長い(ハーフよりも長い、3/4くらいの長さ)ことと、上下に開閉可能なダブルジップであることが大きな特徴です。これによって換気性に優れ、行動中脱ぎ着する必要を最小限に抑えます。もちろん長いといってもバックパックのベルトや登山用ハーネスに干渉するほどではない、絶妙な長さであるところはさすがです。
裏返して収納袋にもなるチェストジップポケット
このウェア唯一の左胸のジップポケットは大型のスマートフォンを入れるのにも十分な大きさ。また前述したとおりジャケット全体を裏返しながら丸めてこのポケットに収納できるパッカブル仕様のため、収納性も万全です。
一方パンツの方もポケットは1つ。右腿に大型スマホがギリギリ入るくらいの少し大きめのジップポケット。
伸縮のみのシンプルな袖口
一般的なハードシェルと違い、M10 アノラックの袖およびパンツの袖は伸縮性のあるゴム仕様になっています。
良い面でいうならば、シンプルで扱いやすく、無駄を省いて軽量化されていること。袖口は十分な伸縮性と適度なキツさがあるので冷気が入り込んだり勝手にずり上がったりすることはありませんでした。
ただ、悪い面を挙げると、さまざまな場面を想定して袖口の広さを調整するといったことはできませんので、広めの袖口を好む人や、自分なりの使い方が定まっていない人にとっては不便かもしれません。
まとめ:アルピニストはもちろん、すべての挑戦する人々の要望に応えるテクニカルシェル
Patagonia M10は、開発陣が「何よりも動きやすさを優先し、機能は必要最小限。」と明言しているとおり、シリアスなアルピニストや登山家といったニッチなターゲット向けて作られていることは確かです。単にちょうどいい感じのレインジャケットやハードシェルが欲しいだけなら、もっと手頃な価格の選択肢がたくさんあるでしょう。
しかし逆にいうと、スキルや経験レベルの高さに関わらず、過酷な自然を相手に、万全の装備で限界に挑戦する意思があるすべての人にとって、M10 アノラックはまさにあなたの切実な要望に応えてくれる数少ない選択肢のひとつともいえます。
実際に試して、その汎用性の高さにも驚かされました。M10 を着るのにアルピニストである必要はありません 。その特徴を理解して使えば、アルパインクライマーだけでなく、バックカントリースキーヤーから普通の登山愛好家、トレイルランナー、スピードハイカーなど、あらゆるタフなアクティビティで活躍するポテンシャルを持っていると実感しました。行動中にずっと着ているハードシェルとしても、またいざというときのためにバックパックに忍ばせておく一着としてもきっと重宝します。
パタゴニアが日ごろから大切にしている言葉のひとつに”The more you know, the less you need”(知れば知るほど、必要なものは少なくなる)というものがあるそうですが、無駄を削ぎ落とした結果としてこれほど高いパフォーマンスの製品が生まれるというのは、まさにM10シリーズがその言葉を体現しているからかもしれません。このレポートで興味をもたれた方は、ぜひ一度手に取ってみることをおすすめします。パタゴニアの広く一般に愛される一面とはまた別の、よりブランドの原点に近い面の「パタゴニアらしさ」を体感することができるはずです。