夏山シーズンも開幕し、今年はどこの山に登ろうかと検討している方も多いと思います。
都市近郊の低山から国内外への遠征など計画は人それぞれです。雪山シーズンにはちょっと近寄りがたい北アルプス・南アルプスの雪解けも進み、今夏でアルプスデビューを計画している方も多いのではないでしょうか。
アルプスともなれば計画はもちろん、ウェアや装備についてもしっかりとした準備が必要です。夏といっても標高の高い山にはまだ雪渓が残り、安全に歩くためにはアイゼンが必要ですし、森林限界を超える山が多いことから岩場を登る場面も多くなります。
ソールの柔らかいトレッキングシューズで登れないことはありませんが、ケガなどの危険がつきまとうことを考えるとやはり用途に適したしっかりとした登山靴が必要です。そんなわけで今回は北アルプス・南アルプスをはじめとする岩稜帯の多い山にオススメの登山靴をレビューします。
目次
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今回比較したハイキングブーツについて
岩稜帯を安全に歩くためにはソールが硬くプロテクションもしっかりした登山靴が適しています。もちろん、ソールの柔らかいトレッキングシューズでも登れないことはありません。実際、私が登山を始めた時はスニーカーに毛の生えたような到底登山靴とは呼べない靴で登っていました。ただ、軽くて歩きやすかった一方で、登るたびに膝から下(とくに足裏)に疲労が溜まり、捻挫や外傷も絶えませんでした。靴自体の消耗も激しく、時には一山で一足履き潰すなんてことも。
そう考えるとやはりソールは硬く、防水性・耐久性に優れた登山靴がベストであると考えます。足の痛みや疲労があってはせっかくの登山も楽しめず修行あるいは苦行になってしまいます。
ソールが硬く堅牢性・耐久性のある登山靴というと、バックパッキング(縦走)モデルやライトアルパインモデル、マウンテニアリングといったカテゴリーにいきつくことになるだろうと思います。しかし、姿・形は似通っていても素材や技術、機能はメーカーごとに特色があり、岩稜帯に特化したモデルからある程度の汎用性を持たせたモデルまで様々です。とくに日本の高山ではほとんどが登山口から樹林帯を歩き森林限界を超え岩場に到達するといった山が多いため、一様に岩稜帯に特化した剛性・堅牢性に優れたモデルが最良とはいえません。歩行性や快適性といったことも重要な要素であると言えます。そこで今回のレビューを始めるにあたり、選定基準を下記の通りまとめてみました。
- バックパッキング、ライトアルパインを対象としたモデルであること
- ソールにクライミングゾーンが設けてあること
- 踵にコバがありセミワンタッチアイゼンが着用可能であること
選定基準がハッキリとしたことで次は具体的なメーカー・モデル選定に移りますが、スカルパやスポルティバ、ザンバラン、ガルモントなど主要な登山靴メーカーのほとんどがヨーロッパ、しかもイタリアということもありイタリアメーカーだけで比較するのは少し面白みに欠けます。そこで新たに各国1足という謎の縛りを設け、スポルティバ(イタリア)、ローバー(ドイツ)、さらにノースフェイス(アメリカ)の3足に落ち着かせました。本来であればマムート(スイス)やシリオ(日本)といったメーカーも加えたかったのですが数が増えることでそれぞれのレビューの中身が薄くなることを懸念し今回は3足に限定しました。
テスト環境
テスト期間は2018年5月~6月末までの約2ヶ月間。テストは奥秩父、中央アルプス、南アルプスの山を中心に実施しました。テスト1回における歩行距離は8~15㎞程度とし、登りと下りで違うモデルを履き替えたり、左右で異なるモデルを履いて比較を行っています。岩稜帯におけるテストは3足すべて同一条件下で実施するため奥秩父の山(乾徳山・金峰山)で実施しました。そのほか詳細なテスト条件については各項目の詳細レビューにて補足しています。
評価項目については、下記の通り5つの指標を設定。テスト結果の評価数値はテストを行った私自身の判断によるもので何ら客観性を持つものではありません。
- ソールの硬さ・グリップ・・・重い荷物や岩稜帯歩行などハードな山行には欠かせない
- サポート力・・・足首のねじれや靴内部でのズレを防ぐ
- 快適性、重量・・・履き心地の良さや、長く歩き続けられるかどうか
- 耐久性・・・摩擦や引き裂き等、外的な圧力から足を保護する
- アイゼンとの相性・・・雪渓通過時における必携装備の装着しやすさ、外れにくさ
テスト結果&スペック比較表
各モデルのインプレッション
LA SPORTIVA TRANGO TOWER GTX®
総合力高し。特に岩場では圧倒的なパフォーマンス
ココが◎
- 岩場で効果を発揮するトラクション性能とブレーキ性能
- 岩場をガシガシ歩ける堅牢性
- 足首のサポートと可動性のバランス
- ワンタッチアイゼンも難なくフィット
ココが△
- ソール・インソールと合わせてクッション性がもっとあってよかった
- 価格
無論、見た目だけではなく堅牢性と機能性もしっかり兼ね備えており、一番傷つきやすいトゥ(つま先)部分にはラバーが二重に施され岩場を登れと言わんばかりです(?)。今回比較したチェベダーレプロGTと比べるとソールの感触は若干薄めで、そのせいか足裏の感覚がよりダイレクトに伝わってきます。ただソールが薄いとはいってもシャンク(芯材)の入ったソールは硬くねじれを抑制し、ちょっとやそっとの力では曲がりません。実際に岩場の多い山でテストを行いましたが、岩の凹凸をしっかりと捉え、登りでは岩に吸いつくようなトラクションを感じられると思います。
一方、残る衝撃吸収性能については飛び抜けたものは実感できず、長く歩くとそれなりに足裏全体で疲労やしんどさを感じてきます。ただこれはテストのために調子に乗って積極的に不安定な足場を選び、きわどい足場を長時間歩き続けたせいかもしれません(笑)。
総じてどこかしらウィークポイントがないかと探してみましたがハッキリいって見つかりません。強いて挙げるとするならばインソールでしょうか。靴本来のクッション性はインソール単体ではなく、ミッドソール、アウトソールと合わせ総合的に判断すべきだと思いますが、ちょっと作りがチープに感じます。もう少し厚いものが入っていると衝撃吸収性もより高くなるのではないかと感じました。まぁ、強いて挙げれば・・・なので、まったく気にしない方もいるかもしれません。
LOWA CEVEDALE PRO GT
堅牢な作りだけではなく快適性と歩行性も高水準!
ココが◎
- 靴紐をしっかり締め上げても足首の動きが妨げられない
- 絶妙な足先空間により足指を圧迫せず自由に動かせる
- 歩行性と快適性と堅牢性のバランスの良さ、対応力の高さ
ココが△
- とにかく重い
- 価格
足を通してまず感じたのは足先部分の空間が広いこと。左右から足が固定されていますがキツすぎずユルすぎずという絶妙なフィット感。登山用ソックスを履けばクッション性も増し、この靴を履いて足を痛める人はそういないんじゃないかと思うほどです。靴紐を固く締め上げても足首の動きが妨げられない歩行性と快適性には、厚みのある足首周りのカフとタンが貢献しているようです。
唯一、ネックと感じたのがやはりその重量。革靴なので重いのは当然なんですが、片足で約841g(UK8.5サイズ)という厳冬期登山靴に匹敵するかのような重さにはイマドキの感覚からすると若干引いています(笑)。ついでにもうひとつだけ付け加えると、展示販売している登山用品店がそれほど多くないということでしょうか。良い靴なのでそこが残念でもあります。
THE NORTHFACE Verbera Lightpacker III GORE-TEX
ライトアルパインの中でも特に歩きやすい、日帰りからアルプスまで汎用性に富んだ入門モデル
ココが◎
- 軽量で歩きやすい
- コストパフォーマンス
- 足慣れていれば日帰りからアルプスまで対応できる汎用性の広さ
ココが△
- 靴紐が締め込みづらく足にフィットさせづらい
- 岩場でのトラクションはそこまで高くない
- ワンタッチアイゼンのフィットはあまり信用できない
前ページでは比較したモデルのランキングと、評価・スペックの一覧、そしてそれに基づくおすすめを紹介しました。ここからはその評価について、どのような基準で評価したのか、なぜそのような評価になったのかについて解説していきます。
各項目詳細レビュー
ソールの硬さ・グリップ
バックパッキング、(ライト)アルパインモデルに搭載されるソールには重い荷物に耐え得る硬さ、ハードな地形に適応した硬さが求められます。柔らかいソールでは装備の重量で歩行するたび、地形変化のたびに足裏に負荷が掛かり疲労の蓄積が顕著に現れます。また、ソールの持つグリップ力も重要で、着地から蹴り出しまでの一連の動作をスムーズに実現させます。
まずソールの硬さですが単純明快に登山靴に体重を掛けた状態でソールがどれだけ曲がるかで判断します。ライトアルパインブーツとトレッキングシューズで大きく異なるのは靴底に入っているシャンク(芯材)の違いです。一般的にソールが硬い、柔らかいというのはシャンクが入っているかどうか、またはシャンクの材質の違いであり、ソール自体の優劣ではありません。
今回レビューした3足の中でソールが最も柔らかいと感じたのはTNFヴェルベラライトパッカーⅢですが、他2足とケタ違いに柔らかいというレベルではなく、それなりに硬いがある一定の力が加わると曲がりだすといった感覚です。また、アッパー素材も少なからず影響しているようにも感じます。ヴェルベラライトパッカーⅢにはバリスティックメッシュ、チェベダーレプロにはスエードレザー、トランゴタワーにハニカムガードファブリックとそれぞれ素材が異なりますが、実際のところアッパーが最も柔らかく感じるのはチェベダーレプロ、次いでヴェルベラライトパッカーⅢ、最も硬く感じるのがトランゴタワーでした。ここからは個人の勝手な推測ですが、ヴェルベラライトパッカーⅢには柔らかいシャンク、もしくは限られた部位にのみシャンクが入っておりアッパー素材の硬さでカバー。チェベダーレプロには硬めのシャンク、もしくは広い範囲にシャンクが入っておりアッパー素材の柔らかさをカバー。トランゴタワーには硬めのシャンク、もしくは広い範囲でシャンクが入っておりさらにアッパー素材の硬さでより強固に仕上げてあるといった感じでしょうか。ここまでくると3足すべて輪切りしてみたい衝動に駆られますが、いろいろと事情もあり自粛しておきます(笑)。
次にグリップについて。今回レビューした3足には共通してビブラムソールが採用されていますが、同じソールパターンのモノはなく、各メーカーが重量や耐久性、ミッドソールとのバランスを考え設計されたモノです。
チェベダーレプロにも言えることですが足指が自由に動かせることから微妙な力加減が足裏に伝わることもグリップ力のわずかな差に繋がるように感じます。ヴェルベラライトパッカーⅢはトゥスプリング(つま先部分の反り)が深い分、ソールと地面(地形)の接地面が狭くグリップ力という点においてはいま一つといった感じでした。
安定性(サポート力)
登山靴・トレッキングシューズの多くはくるぶしの上から脛下あたりまでを覆うように作られています。防水性や耐久性を高め足首を痛めないためにそう作られているわけですが、それによってミドルカットやハイカットモデルといったタイプは少なからず歩きやすさ(歩行性)が損なわれます。バックパッキングブーツ、ライトアルパインブーツでは歩きやすさよりも難所における外的な衝撃や圧力から足全体を守り、着地や蹴り出しといった一連の動作を安定させるために足首をしっかりとサポート(保持)するよう作られているのが特徴です。最近ではアッパーやタンに柔軟性のある素材の採用やメーカー独自の工夫によりサポート性を保ちつつ歩行性や快適性を高めたモデルも多く販売されており今後の革新にも注目が高まるところです。
さて、結論から先にいいますが3足の内、最もサポート力が弱い(ない)のはヴェルベラライトパッカーⅢでした。唯一のミドルカットモデルということもあり、当然と言えば当然でバックパッキングモデルとライトアルパインモデルというカテゴリーの違いもある中でハイカットモデル2足と比較するのはさすがに酷だったかなとも思うところもあります。ではチェベダーレプロとトランゴタワーの2足で比較すると、全体を強くサポートするのはトランゴタワーで一度靴紐を締めたら足首から足裏、足先に至るまでズレることはなく岩場など難所に立ち込む場面でその効果を発揮してくれそうです。
一方、チェベダーレプロについては「X・レーシング」や「C4タング(タン)」、「フレックスフィットシンクロ」といった独自の機能によって足全体のフィット感を最大限に高めサポート力と快適性をバランスよく両立させており、靴紐をキツく絞り込んでも足を固めすぎているという感じは受けません。
快適性
登山靴に求められる快適性とは重さや歩きやすさはもちろんのこと、防水性、靴内部の蒸れやインソールのクッション性、アッパーやタンによるフィット感など多岐にわたります。ただライトアルパインやバックパッキングモデルともなると、岩稜帯を歩く、重たい荷物を背負うという前提がありそもそもが硬いソールが採用されていますし、カットも深く足首周りをサポートするように作られているため、一見快適性からは少し離れているものと思われているかもしれません。ただ最近の登山靴を見てみると各メーカーが快適性を高めるため様々な工夫を取り入れており、代表的なものとしてアッパーの一部に柔軟な素材を採用することで足首をホールドしながらも自由度を高める機能。チェべダーレプロの「フレックスフィットシンクロ」、トランゴタワーの「3Dフレックスシステム」がそれに該当します。若干、トランゴタワーの方が柔軟性に欠ける(硬い)印象を持ちましたが、この辺は個人の好みが分かれるところでもあります。
また、快適性という部分ではチェベダーレプロに搭載されている「I ロック」、「X-レーシング」にも注目です。靴紐をロックすることで靴紐の緩みを防ぐ「Iロック」、足の中心からタンのズレを防ぐ「X-レーシング」は普段から靴紐の緩み防止・フィット感の維持になることは当然ですが、岩場など難所における靴紐の締め直しという煩わしさから解放してくれます。
重さや歩きやすさという点ではヴェルベラライトパッカーⅢが群を抜いています。重さは数値が示すとおりですが3足の中で最もトゥスプリングが深く足運びがスムーズでミッドソールのクッション性も高いと感じました。
耐久性
ここでは剛性・堅牢性も含めて検証をしていきたいと思いますが、テスト期間が長期ではないため素材や作りで判断をしていこうと考えました。まずアッパー素材ですが3足それぞれスエードレザー、レザー+耐摩耗強力ファブリック、バリスティックナイロン+スエードレザーと異なる素材で構成されています。一見するとレザー(スエード含む)の方が強いように思いますが、バリスティックナイロン(デュポン社:ナイロンの5倍の強度)は軍事用に開発された防水性、耐磨耗性、耐熱性に優れた非常に強い生地で防弾ベストにも採用されているそうです。また、トランゴタワーに使われているハニカム構造の耐摩耗強力ファブリックもナイロンではありますがトランゴSエボのコーデュラナイロン(インビスタ社:ナイロンの7倍の強度)から変更されたことを考えると、より強度をもつ素材であることがうかがい知れます。もしかするとレザーより耐久性に優れているのではないかと思ってしまうほどしっかりとした生地ですが、その検証を行うには長い時間を必要としますので今回のレビューでは見送らせていただきます。作りの面から見ていくと、3足全てランドラバーが施されており大きな差はないように見えますが、ヴェルベラライトパッカーⅢだけは土踏まずからつま先にかけてのフロント部分だけにラバーが施されており、踵周辺はプラスティック素材が使われている点が気になるところです。また、評価結果でも触れていますがトランゴタワーについてはつま先部分のラバーが二重に施されており最もぶつけやすいつま先部分の耐久性向上に貢献しているようです。
アイゼンとの相性
最後はアイゼンとの相性を検証します。麓の平地は夏でも標高の高い山ではまだ雪渓が残っていることがあり、安全に進むためにはアイゼン装着が必須です。ちなみに私が所有しているアイゼンはグリベル社のエアーテック・オーマチックSPでつま先と踵にコバがある登山靴に対応したモデルですが、夏場はベイル(つま先部の金具)を交換することでセミワンタッチ仕様として使用しています。今回レビューする3足は全て踵にコバを持っており、セミワンタッチアイゼン対応モデルと謳われていますので装着自体は可能ですが問題となるのは相性です。ソールとアイゼンの形状が隙間なく合い、とくにつま先と踵がフィットしているかが重要です。念のためお伝えしますが、この検証では実際にブーツを履き体重をかけた状態でバンドも可能な限り強く締め上げています。また、私が現在所有しているアイゼンとの相性であり、レビューした3足間での評価となりますのでブーツ自体の良し悪しを判断するものではないことをお伝えしておきます。
さて、踵のフィットは3足とも問題ありませんでしたが、つま先のフィットについては若干の差が生じました。差が小さかった順に列挙するとトランゴタワー<チェベダーレプロ<ヴェルベラライトパッカーⅢという結果です。ヴェルベラライトパッカーⅢは評価結果でも触れていますがトゥスプリングが深いためどうやっても隙間が生じてしまいます。バンドで固定していますので簡単に外れることはありませんが、不安は残ります。
隙間が小さく最も相性が良いと言えるトランゴタワーは土踏まずのアーチ部分の隙間も小さく、私の所有するアイゼンに対してはベストマッチに近いブーツと言えるのではないでしょうか。いずれにしても絶対ということはありませんが、命を預ける道具に対して疑いはもちろん不安を感じる要素は少ないに越したことはありません。
まとめ
今回レビューしたアイテムの中で最もバランスが良いと感じたのはスポルティバのトランゴタワー。ソールの硬さ・グリップ、足首のサポート、耐久性、アイゼンとの相性と4つの項目で高得点を獲得。唯一、快適性のみ低い得点となりましたが、3足という限られた中で私がそう判断しただけであって、違う人が履けば感じ方も異なると思います。とにかく岩場での安定感が素晴らしく、この夏に穂高連峰や劔岳登山を考えている人にはおすすめです。最もオールラウンダーだと感じたのはチェベダーレプロでしょうか。剛と柔が高水準で一体となり、登る山を問わない、そんな印象を受けました。カテゴリーが少し異なりましたがヴェルベラライトパッカーⅢは重量と歩行性で高い評価を獲得しました。レビューした靴それぞれに特徴や他より秀でている部分があり、自分自身がその靴に何を求めているのかで選び方も変わってくるのではないでしょうか。
齋藤 ヒロアキ
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