冬山のテント泊をはじめ、厳しい寒さのなか夜を明かすときに無くてはならないのがもちろん冬用のスリーピングバッグ(シュラフ)です。
疲弊した身体を暖かく快適な睡眠により回復させることは、翌日の行動に大きく影響を与えます。冬の朝はシュラフの中が気持ちよすぎて、ついついシュラフから出られないなんてこともよくあります。
一方、山は一年中そうですが、万が一不十分な寝具で一夜を明かそうものなら、寒さで眠れなかったり、夜中に何度も起きてしまったり、最悪の場合低体温症にだってなりかねません。その意味ではシュラフは高価ですが、装備の中でも慎重に選ぶ必要があるギアの一つでしょう。
では、どんなシュラフを選べばいいのか。凍えるような低温化で使うのだから保温性が高いことは当たり前です。キャンプや車中泊等ならば多少大きな荷物になってもとにかく温かいものを持っていてけばいい。ただし、登山などで使用する場合はそうはいきません。その暖かさをいかに効率よく、便利さ、安全性を損なわずに実現できるのかが問題になってきます。
余談ですが、冬用シュラフに使われているダウン中綿は、下手な高級羽毛布団に負けないぐらいのスペックがあり、下界でも極上の寝心地を堪能することができます。
そこで今回は冬のアウトドアに絶対的な信頼を置ける1点を探すべく、日本が誇るおなじみ3大人気国内メーカーの冬用モデルを比較検証してみました。
いずれのシュラフも国内2,000m級のほとんどの厳冬期冬山で幅広く使用することができると想定されたモデルです。保温性能だけではなく、細かいところまでユーザー目線で作られている物作り精神には驚きを隠せずにはいられませんでした。
目次
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今回比較したスリーピングバッグについて
今回比較した3モデルはこちら。言わずと知れた、本格アウトドア・登山向けシュラフの3大鉄板ブランドです。海外にもたくさんの優良モデルは存在するのですが、現状日本ではこの3社が強すぎて市場に入り込めないという、それくらいに基本性能の信頼性が高いブランドです。
それだけに、この3つのうちどれがどう良い(悪い)のか、比べてみたいとは思いませんか?それこそが今回の比較テストのテーマです!
冬用シュラフといっても、ダウンの質や量によってさまざまなモデルがありますが、今回の使用環境のイメージとしては厳冬期の中級(東北以南の2,000m級)山岳で十分使えるモデルということで、使用限界温度が「-10℃」前後で、登山に使用できるより軽量モデルをピックアップしました。
- ISUKA AIR 630EX
- mont-bell アルパインダウンハガー800#1
- NANGA UDD BAG 630DX
テスト環境
テスト期間は2018年~2019年の2シーズンにわたり、北海道の厳冬期。使用環境はテント泊、車中泊、強風時の屋外にて使用。就寝時のウェアは上半身:ベースレイヤー、フリース、ダウンジャケット、下半身はベースレイヤー、トレッキングパンツを着用。
また家でも寝心地などを検証するため、就寝時にはシュラフで寝るように心掛けていました。トータルすると約2ヶ月間はシュラフで就寝していることになります!
評価項目については、以下の5点を指標に設定しレビューしました。
- 保温性・・・いうまでもなく冬シュラフで最も重要な項目。もちろん温かければどれだけ重くてもいいというわけではない。またこれはあくまでも今回のモデル同士での比較であるため、ブランドのすべてのモデルに対していえることではない。
- 重量・・・何かとかさばる冬山装備では重量はなるべく抑えたい。ただしこちらも保温性とのバランスが重要で、ただ軽ければいいというわけでもない。
- 快適性・・・どれだけ快適な寝心地が確保されているかをチェックします。重量と保温性を両立させるためにやたら窮屈だったりするとげんなりします。
- 携帯性(収納性)・・・上の重量と同様、担いで運ぶという観点では見逃せないところです。
- 機能性・撥水性・・・使いやすさ、悪条件での対応力など、どれだけユーザーの実際の利用シーンに寄り添っているかをチェックします。
テスト結果&スペック比較表
スマホ向けの軽量表示で表が見づらいという方はこちら
各モデルのインプレッション
ISUKA AIR 630EX
ここが◎
- 抜群の保温性
- 肌触り
- フィット感
- ジッパーが非常にスムーズ
ここが△
- フードが浅い
- 収納サイズ・重量
一言で表すなら「質実剛健」。心地よく寝るという1点に集中し、高い保温性とシンプルな機能が詰まった、かなりの厳冬期にも安心して使用することができるモデルです。
内側のしなやかな肌触りの生地や、中綿の復元力抜群800FPホワイトグースダウンは、氷点下15度のフィールドテスト時においても朝まで快眠することができただけでなく、高級羽毛布団に引けを取らない極上の寝心地を提供してくれました。
個人的な見解では保温性は3モデル中トップクラス。特に、足元にダウンが多めに封入されているため、朝まで足元もヌクヌクでした。ここからおそらくメーカースペックの「最低使用温度-15℃」は、EN基準でいう「リミット温度」に近いものである気がしました。
首元を包むU字型のショルダーウォーマーは他の2モデルとは異なり、ドローコードで締め付けるタイプではないのですが、柔らかい生地でフィットしてくれているので、気になりません。むしろ個人的にはドローコードがない方が、シンプルで邪魔にならず好みかも。
また、ファスナー部分に配備されているドラフトチューブがファスナーからの冷気の侵入をしっかりと防いでくれます。噛み込み軽減仕様が施されたジッパーもおおむね上手く機能してくれますが、噛み込みが全くないわけではなかったので、まだ改善の余地は残されている気がしました。
防水テストでは表地撥水性能が素晴らしく、3分間程度ならば全体的にシャワーで水を当て続けるも、ダウンへの浸透は見られません。ただし一度ダウンが濡れるとその後もベチャベチャになり、フィールドで使うことは厳しいと感じました。
フード周りは3モデル中最も浅く、頭部全体がすっぽり入るタイプではないので、屋外で強風時に使用した際はどうしても頭と顔が受ける寒さは避けられませんでした。
価格は今回最も高価格ですが、総じてそれに見合った保温性、快適性、機能性は有しているシュラフだと思います。さすがは日本が誇るブランド「ISUKA」。筆者が自信を持っておすすめしたくなるモデルでした。
mont-bell アルパインダウンハガー800#1
ここが◎
- ストレッチ性
- 収納性
- 軽い
- 表地撥水性能
ここが△
- 首回りのフィット感
- ジッパーの噛み込み
3モデル中最も安価のため、正直はじめはかなり見くびっていましたが、結論からいうと、いい意味で予想を裏切られました。さすがの高コストパフォーマンスといえます。
まず驚いたのが断熱性の高さです。高い復元力を誇る800FPのEXダウンをたっぷりと封入したシュラフは、ISUKAにこそ及ばなかったものの、同じ温度表記のナンガに比べて気持ち温かく感じられました。この微妙な差異はダウンの品質云々というより、高密度に織られた表生地「バリスティックエアライト」、首周りのネックバッフル、ジッパーを挟むように取り付けられた「ダブルドラフトチューブ」など、冷気の侵入を防ぐようなさまざまな仕組みが全体の実感としてそう感じさせているように思われます。
そして何よりモンベル独自の「スパイラルストレッチシステム」によって寝相の悪い筆者でも無理なくシュラフ内で動けるため、他にない寝心地の良さを提供してくれました。シュラフ内で着替えることも余裕でしたし、あぐらをかけるので、厳寒期には就寝時以外でもシュラフを履いて過ごすことができます。これがまた暖かく使い勝手抜群。
付属のスタッフバッグにもシュラフと同じスパイラルストレッチシステムが採用されているため、収納時にストレスが軽減されることはもちろんのこと、バックパック内のデッドスペースにも形状を変化させて収まってくれるため、パッキングに関しても非常に楽をさせてもらいました。
残念ながらチャックの噛み込みは頻発しました。特にシュラフに入った状態で内側からチャックを閉めるときには3回に1回のペースで噛み込みが発生し、それでも無理矢理閉めると生地を痛める恐れがあるので慎重にやればやるほど時間がかかり非常にストレスを感じてしまいました。
総じて軽量でコストパフォーマンス的に優れ、ストレッチ機能など他にない快適性を備えていますが、寝心地や細かいパーツなどの作り込みという点では他の2点には及ばないかなという印象です。
NANGA UDD BAG 630DX
ここが◎
- 肌触り
- 大きめのフード
- 撥水加工ダウン
- 咬み込みにくいスムーズなジッパー
- 収納サイズ
ここが△
- 保温性
- ジッパーからの冷気
ナンガといえば、非常にありがたい「永久保証」。こういう制度があるとユーザーとしては一生大切にしていこうと思わされます。そんなナンガからリリースされているUDD BAG 630DX。ヨーロッパ産のホワイトダックダウンを国内で洗浄したDXダウン。そのDXダウンに超撥水加工を施し「湿気を通すが水を吸わない」という水に強いダウンに仕上げたのが、このUDDになります。
耐水性能が気になるところですが、まずは保温性について。規定の温度範囲(~-10℃)レベルであれば断熱性は十分満足のいくものでした。首周りやドラフトチューブなど冷気の侵入を防ぐ仕組みもばっちり、大きめのフードもしっかり頭部を温めてくれて素晴らしい作りです。ただ、限界温度を超え、-15℃程度の低温や強風状況などより厳しい環境で比較すると、今回の比較で最も冷気を感じやすかったのも事実。特にジッパーや足元から冷気の侵入を強く感じてきました。ダウン品質差もあるのかもしれませんが、EN基準で同じモンベルよりも寒く感じられたのは意外でした。
さて、気になる耐水性能ですが、ダウンを水中に沈めたところ、瞬く間に浮き上がってきます。数回繰り返しても、結果は同じでダウン全体が多少濡れますがビチャビチャになることはありませんでした。他の2モデルは数回繰り返すと浮き上がってこないどころかビチャビチャになってしまったので、この結果には驚きでした。もちろん濡れてしまったダウンは保温力を失ってしまうので、多少の湿気や水気は弾いてくれるUDDなら、厳しい環境での長期使用でも保温力を失いにくいといえます。
チャックに関しては蓄光式で噛み込み軽減仕様が施されています。暗闇でも視認性抜群なのはとても助かります。噛み込み軽減も基本的にはうまく機能してくれます。実際にはやはり生地を伸ばさないで勢いよくチャックを閉めるとある程度の割合で噛み込みます。
3モデルの中では保温力こそやや劣るものの、撥水加工ダウンの使い勝手の良さや安心感、蓄光式チャックなど含めた細部の作りの良さ、そして永久保証制度の信頼性などの他にない魅力をもった1点といえます。
前ページでは比較したモデルのランキングと、評価・スペックの一覧、そしてそれに基づくおすすめを紹介しました。ここからはその評価について、どのような基準で評価したのか、なぜそのような評価になったのかについて補足していきます。
各項目詳細レビュー
保温性
シュラフ内で発生した熱は暖かいところから冷たいところへ移動かつ上昇する性質があります。この暖かい空気を逃がすことなく、かつ外気との断熱層でもあるシュラフによりいかに有効な保温性能を発揮するかが暖かいダウンを決定づけるポイントとなります。そのためにもダウンの質、FP、シュラフの構造が重要な要素になります。その辺りの細かい知識については、こちらの記事で詳しく説明しています。
今回の3モデルではISUKAとモンベルが800FPグースダウン、ナンガは770FPダックダウンを使用しています。今回の比較で分かったのは、ISUKAとモンベルではダウン量の差が保温力の差に繋がった、そしてモンベルとナンガではダウン品質その他の差が保温力の差に繋がったものと思われます。
また、屋外で強風(最大瞬間風速13.0m/s)時に約1時間シュラフ内に入り防風性と保温性能を検証してみました。本来はテント内に入るため風を直接受けることはないと思いますが、あくまでもフィールドテストということで実施してみました。
結果、ISUKAは身体部分の防風性・保温性は優れていますが、フードが浅いため頭部から受ける冷気がかなり多かったです。それに比べ、モンベルは深めのフードに頭部が守られて身体部分も暖かく防風性もあるため1時間問題なく耐えることができました。一方ナンガは身体全体で冷気を感じ1時間後には身体も冷えてしまい快適とは程遠くなる結果となってしまいました。
重量
保温性を確保するためにはどうしても中綿の量を多くする必要があり、保温性能と重量は比例していくものです。登山用品はコンパクトかつ軽量であるに越したことはないのですが、保温性を確保しなくてはいけない冬用シュラフにとってこのバランスが難しいもの。今回の3モデルに関していえば、どれも保温性能の割にはかなり軽量化が図られていると思います。その中でもモンベル アルパインダウンハガー800#1 は実測924gと、このクラスで1000gを下回っていることには注目すべきポイントです。
快適性
シュラフ内では暖かいのは勿論ですが、快適に眠りに就きたいものです。シュラフ内壁の素材に注目すると、ISUKAとナンガは生地が非常に柔らかく肌触りが心地よかったです。モンベルの生地はパリパリとやや固い印象、寝返りを打つ際に発生する音も一番大きかったです。眠れないレベルではないと思いますが筆者は気になってしまいました。ただストレッチ性は素晴らしく寝相の悪い筆者も快眠することができました。
フィット感はISUKAが素晴らしかったです。他の2モデルが首回りをドローコードで締め付けるタイプに対して、ISUKAはU字型のショルダーウォーマーがしっかりとフィットしてくれますので首元も暖かかったです。また、独自の3D構造が身体に沿っており、身体全体がシュラフにしっかりとフィットし、保温性低下の原因となる無駄なスペースが最も少ないように感じました。一方モンベルの首周りについては、他の2つと比較すると若干快適性が落ちる気がします。
携帯性(収納性)
収納サイズでみると最もコンパクトなのはナンガ。次いでモンベル。対して最も大きかったのがISUKA。保温性能が素晴らしい反面、重量とサイズに関しては妥協しなくてはならない部分があります。
一方、ダウン製シュラフの収納は意外と大変で、物によってはかなりの労力が必要とされることもあります。そんな負担を軽減しようと付属のスタッフバックにも各メーカーで工夫が凝らされています。その点でいえば、モンベルのスタッフバッグが非常に優秀でした。シュラフと同じスパイラルストレッチシステムが使用されているため、シュラフを押し込めば生地が伸びてくれるので収納時の負担も軽減されます。入口が広く作られているところも高評価ポイントです。また、パッキング時にも形状を変化させてくれ、伸ばすようにコロコロ転がすと、形状が細長くなります。これがなんともありがたく、ザック内のデッドスペースにピタリと収まってくれます。また、スタッフバッグにもドローコードが2つ装着されているので、圧縮する時にも非常に楽でした。やはりドローコードが2つ装着しているモデルは非常に便利ですね。
機能性
まずはファスナーについて。正直、各メーカーで噛み込みを防止するよう工夫されていますが、全く噛み込まないファスナーはありません。どのモデルも内側からファスナーを閉めると噛み込む確率が高くなります。その中でもISUKAは最も噛み込む頻度が少なく開閉時の動きも非常にスムーズでした。また、ナンガのファスナーには蓄光式樹脂が使用されているため暗闇の中での視認性は抜群。これは非常にありがたい機能でした。
次に表面の撥水性です。撥水性を検証するのに2つのテストを行いました。
ひとつはシャワーの水をシュラフに当て続け3分、5分、10分後に表地の撥水性とファスナー部分からの水の侵入を評価。もうひとつは湯船の中に完全にシュラフを沈めて、ダウンを水浸しにした状態で実際に使い物になるかを評価してみました。
結果、シャワーを当て続け3分後で比較するとナンガは全体的に湿っぽくなっていたのに対して、他の2モデルは5分後までダウンへ水の浸入を許しませんでした。この撥水性能は非常に素晴らしいと思います。特にモンベルは10分後にはダウンへの水の浸入がみられるも、そのほとんどがファスナー部分からのもので表地の撥水性能は継続していました。「世界最高レベルの撥水性」と誇っているポルカテックスの撥水性能には絶大な信頼を寄せることができますね。3モデルともファスナー部分からの水の侵入は防ぐことができませんでした。これは今後の課題かもしれません。
続いて、湯船に貯めた水の中にシュラフを沈めた結果です。ナンガは群を抜いて超撥水加工ダウンの性能を発揮していました。シュラフを水中に沈めてもすぐに浮き上がってきて、全体を沈めるのに一苦労するほどでした。数回繰り返すも、結果は同じでダウンまでビチャビチャになることはありませんでした。他の2モデルは約3分後にはシュラフ全体が水中に沈み完全にビチャビチャになってしまいました。
ちょっとした水を弾くレベルならばモンベルやISUKAの撥水生地でも十分機能してくれそうですが、湿気や水気が慢性的にあるような状況であれば、やはりUDD BAG 630DXのクラスの超撥水加工ダウンは安心できそうです。
まとめ
評価項目が色々とありましたが、やはり冬用シュラフに求めることは主に保温性能と軽量性ではないでしょうか。今回の検証を通して、筆者が2000m級の冬山で使用するならば、快適な寝心地をとるならばISUKA AIR 630EX、寒さはなんとかなりそうだけど軽さと携帯性を重視するならモンベル アルパインダウンハガー800#1です。コストパフォーマンス重視という人もいいでしょう。
一方ナンガ UDD BAG 630DXに関しては、テストの結果、保温性からすると今回比較した2モデルに相当するのは一つ上のクラスである「UDD BAG 810DX」の方だったかもしれません(あるいは「AURORA light 600」)。個人の感覚にもよりますが、温度範囲は上記を参考にやや厳しめにみたうえで、数泊にわたる長めの山旅に使用するモデルとしておすすめです。
最後に今回のテストを通じて、当たり前ですが、シュラフ選びではなによりも保温性能が最も重要であることを再認識しました。温かくないシュラフは他のどんな機能も無駄です。自分の目的にかなう温度範囲を定めたうえで、軽さ、コンパクトさ、快適さ、その他細かい機能、パーツなど、妥協できる点や優先順位を意識して選んでいくのがいいでしょう。決して安い買い物ではないので、慎重に選びたいものですよね。今回の検証を皆さまのシュラフ選びの参考にしていただければ幸いです。
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