いわゆる普通のガイド本ではない。でもだからこそ1冊目としておすすめしたい『アウトドア刃物マニュアル』

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Yasushi Hisatomi

written by Yasushi Hisatomi

良い刃物を使いこなせる人間になりたいと素直に思わせてくれる入門書

アウトドアにおいて必携装備といわれるナイフは、実際のところ一般的な山登りに限れば常に使うわけでもない、ある意味脇役です。それでもフィールドで自分が納得する一本のナイフを器用に扱えるようになりたいという思いは、アウトドアをたしなむ人間ならば誰しもが多少なりともあるのではないでしょうか。沢登りに熱中していた学生時代、腰にぶら下げた鋭い剣鉈に意味もなく憧れていたのも良い思い出です。

ただ、人類が生きるために欠くことのできない道具として世界中で多様な進化を遂げてきた刃物は、その生半可な憧れで臨むには余りにも大きすぎる相手だというイメージがぼくにはどういうわけかずっと頭にあり、本気でその世界に飛び込むことをためらわせていたというのは事実です。とりあえず登山に使える手頃なナイフということであれば今や易々と手に入る一方で、自分にとってのかけがえのない1本を選べといわれると、とたんにどこからどう手を付けてよいやら途方に暮れてしまうのがアウトドア・ナイフの世界だといえるでしょう。

アウトドア・ナイフにはなぜこんなにもたくさんの種類があり、それぞれにはどんな特徴があるのか。

自分が持つべきナイフはどんな種類のものなのか。それを適正に扱うには、正しく向き合うにはどうすれば良いのか。

せっかく本気で選ぶなら、単なるノウハウとしてではなく、特定のジャンルだけにとどまらない、刃物の豊かな世界そのものについて触れてみたい。そうした知識をきちんと仕入れたいと思いながら、これまでなかなか思ったような出会いはありませんでした。

そんなある日、偶然にも誠文堂新光社さんから編集部の手元に届けられたのがこの本『アウトドア刃物マニュアル: ナイフや鉈、斧の使い方からナイフメイキングまで』です。

 

アウトドアにおけるさまざまな刃物についての実践的なノウハウだけでなく、刃物を取り巻く歴史的・文化的な背景はもとより、そうした伝統を現代に受け継ぐ人々への思いまでもが詰まった、予想を覆して著者の情熱が感じられる内容。あまりに期待以上であったので、今回はその中からこの本の魅力についていくつか紹介してみたいと思います。

単なる切り方ではなく、どのような刃物でどう切れば良いかを知る

本書はマニュアルという名の通り、さまざまな刃物の種類から各部位についての材質・形状・機能の違いといった詳細の特徴の説明にはじまり、安全な取扱い方やメンテナンスの仕方を網羅した解説本というのが基本的なスタイル。何よりもまず用途や目的によって無数に存在する刃物の種類にあらためて驚かされますが、それぞれの刃物が何のために生まれ、具体的にどの部分でどのように進化(分化)しているのかを教えてくれるため、分かりやすく、納得感があります。

そのうえ本書の大きな特徴としては、本の中で紹介する刃物の種類が尋常でなく、アウトドアで一般的な「折りたたみナイフ(フォールディングナイフ)」や「固定刃型ナイフ(シースナイフ)」「マルチツール(十徳ナイフ)」などのごくごく実用的な範囲にとどまらず、鉈や斧はもちろん、獣の皮を剥ぐためのスキナー、木工に使うカービングナイフ、樹皮剥ぎ用のドローナイフなど、およそ趣味では使わないであろうジャンルの刃物まで多岐にわたること。使う使わないは別として、人類が進化させてきた刃物という文明の奥深さを(豊富な写真とともに)これでもかというほど堪能させてくれます。

P40

刃物の解説を通じて滲み出る、刃物とともに生きてきた使い手・作り手への敬愛

上記のような丁寧に書かれた解説の分かりやすさも大切ですが、ただぼくがあえてここで取り上げたいと思える程に心を動かされたのは、そこではありません。むしろ所々に見受けられる、刃物という文明を生きる営みの中で育んできた人間へのリスペクトであり、まなざしの深さにあります。

この本は初心者にも分かりやすい内容を心がけて書かれたマニュアル・ガイドであるという体裁をとりながら、真に伝えたいことはそうしたノウハウの先にある、自然と対峙しながらナイフとともに生きる人々の高潔な生き方への賛美なのではないか。読めば読むほどそう思えてなりません。例えば北米で知り合いの牧場主とともに狩りに出かけたときの様子を著者はこんな風に話しています。

大きなエルクを引きずり、解体してATV※にのせる。傍らで焚き火をして、そのエルクを焼いた。このときのウェインはプーッコナイフ一本ですべてをこなした。手際よく当たり前のように。北欧移民の彼にはこれがごく自然のことだという。本物のブッシュクラフトは生活の一部として彼らに根付いている。腰に無造作に下げられたナイフはあらゆることを可能にしていく。培われてきた知恵とともに。彼らは道具としてナイフを使い、生きることと向き合っている。この精神を見習って私も自分と向き合ってみようと思う。

引用者注 ※ATV(All Terrain Vehicle)・・・全地形型車両。オフロード四輪バギーのこと。

また巻き猟を体験しに会津マタギをたずねた時は、こう。

マタギたちが獲物を仕留めた後に小刀のようなナイフで解体を始めた。あまりの手際の良さと切れ味に驚いた。専用のナイフかと思いきや古くなったヤスリで作ったという。鞘も柄もすべてが手作りだ。(中略)彼らの求める良い刃物の定義とは、手の延長線であること。ただそれだけなのだ。私もそうやって自分の手技に自信をもち、ナイフが手の一部なのだということを言葉でなく、技で見せられるような使い手になりたいものだ。

そこから見えてくるのは選び方や使い方といった小手先の知識(もちろんそれ自体は大前提として必要なことですが)を飛び越えて、身体の一部として刃物を使いこなすことによって得られる人間としての充足感であり、著者の考える人間としてのあるべき姿、哲学であったりします。マニュアルの域を超えた本書の魅力がここにあります。

本書の後半、36ページにわたってカラーで紹介されるカスタムナイフ・メイキングの実際の模様なんて、ユーザーの手引き書としてはある意味冗長といえなくもないはずです。しかし、ナイフづくりの伝統をリアルタイムで紡いでいる現代の作り手に対する著者の純粋な情熱は、それらをも心地よく読ませてくれ、素直に「いいなぁ」と思わせてくれます。かくしていろいろてんこ盛りのボリュームではありますが、意外と一気に読めてしまう内容です。

アウトドア刃物マニュアル: ナイフや鉈、斧の使い方からナイフメイキングまで

まとめ:ナイフという世界を知るための1冊目としておすすめ

アウトドア・ナイフについて大した知識もない自分が言うのもアレですが、この本は一般的なアウトドアで使用する種類のナイフの見方・選び方・使い方・手入れといった入門者にとって必要な知識は十分に得ることができると思います。写真が多用されているのも初心者にとってはありがたいことです。ただそれだけが欲しいという人にとっては斧やら鉈やらカスタムナイフやら、結構余分とも言えなくない情報が詰まっていることは確かです。

その上で、本書は刃物の広く深い世界の豊かさと「本物」の道具がもつ魅力の入口を垣間見せてくれるという点ではガイド本を越えた魅力を堪能することができます。その意味では、手っ取り早く知識を得たいという人よりも、本気で良いナイフを選びたいと思っている人の1冊目としておすすめします。

余談ですが、Outdoor Gearzineでは早速著者の荒井さんにコンタクトをとりました。これだけの道具愛をもった方なら、このサイトの読者にとってためになる情報を何らかのカタチで発信できるはずだと感じたからです。この試みがどう具体化するかはまったくの未定ですが、きっと何かしら新しくて価値あるコンテンツになるはず。今後の展開をご期待ください!

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